中国による台湾統一がしきりに囁かれている。もし現実となった場合、日本にいったいどんな事態が生じるのか。『失敗の本質』の共著者である安全保障学の泰斗が、台湾の死活的な存在意義を歴史の教訓から論じる。

※本稿は、村井友秀著『日中危機の本質』(PHP研究所)を一部抜粋・編集したものです。


西太平洋に展開して日本を包囲する

中国海軍がインド太平洋に出ようとすれば、台湾の南、フィリピンとの間のバシー海峡が重要なルートになる。台湾が中国に敵対的ならば、台湾軍が米軍に協力して海峡を封鎖し、中国海軍が海峡を通過することが困難になる。

しかし、台湾が中国の一部になれば、中国海軍は台湾から自由に太平洋に出ることができる。そうなれば中国海軍を第1列島線の内側に封じ込めるという米軍の戦略は難しくなるだろう。

中国海軍が西太平洋に展開して日本を包囲することができるようになれば、日本の海上交通路が脅かされ日本の安全保障は危機的状況になる。

 

豊臣はなぜ外堀を埋めてしまったのか

今から400年前、豊臣家を滅ぼすことを決意した徳川家康は、20万の大軍を動員して豊臣秀頼の居城である大坂城を包囲した。しかし、大坂城の城下町を囲む8㎞に及ぶ外堀に阻まれて本丸を攻撃することはできなかった。

膠着状態の中で休戦交渉が進められ、大坂城の外堀を埋めることを条件に徳川軍は引き揚げることになった。

しかし、翌年徳川家康は再び大坂城を攻撃し、外堀が埋められて抵抗力を失った大坂城は15万の徳川軍の攻撃によって落城した。

豊臣側はなぜ大坂城防衛の鍵であった外堀を埋めたのか。豊臣側には、外堀を埋めることを求める徳川家康の要求を呑めば、本丸は生き延びられるという根拠のない楽観主義があった。

根拠のない楽観主義を豊臣側が信じたのは、徳川側に寝返った幹部の策動と徳川家康と妥協することが豊臣家にとって唯一の生き延びる道だと信じた豊臣家の家臣による説得があったからである。

徳川家康にとって最強の武器は、豊臣家のためになると信じて実際には豊臣家を滅ぼす、という徳川家康の策略に貢献した豊臣家の家臣であった。