<<作家の橘玲氏は「日本人の働き方とグローバルスタンダードは根本的に違う」と指摘しつつ、自民党政権下の旗振りの下での「働き方改革」を実現したとしても、世界の企業との間には大きな差があると語る。

橘氏は、今後世界の潮流に飲み込まれていく日本人が、組織や人間関係の煩わしさから離れ、「仕事の腕」を磨いて“食っていく"ためのヒントを近著『働き方2.0vs4.0 不条理な会社人生から自由になれる』で記している。

ここでは同書より、組織にしがみつき逃げ切りをはかりたい人たちが口を閉ざす理由を著した一節を紹介する。>>

※本稿は橘玲著『働き方2.0vs4.0 不条理な会社人生から自由になれる』(PHP研究所刊)より一部抜粋・編集したものです。


「安心」を手にいれるために「理不尽」を受け入れてきた日本人

日本では保守派の論壇が年功序列・終身雇用を「日本の伝統」と称し、日本人を幸福にしてきたとして、「日本型雇用を破壊する」TPPを「アメリカ(グローバリスト)の陰謀」と罵倒してきました。

――奇妙なことに、トランプはTPPを「アメリカにとってなにひとついいことがない」として大統領就任早々に脱退してしまいましたが。

これは経済史の常識ですが、明治はもちろん戦前ですら年功序列や終身雇用の働き方はほとんどありませんでした。

「日本型雇用」が広がったのは1960年代の高度経済成長期以降で、あらゆる職種で人手不足が起きるなか、働き手を確保したい経営者と、生活を安定させたい労働者の利害が一致して、年齢=生活コストが上がるにつれて給料が増え、定年まで働ける仕組みができあがりました。

その代わり若いときの給料は低く抑えられ、退職金を受け取ってはじめてトータルの収入で帳尻が合うようになっています。これだと途中で解雇されるような不祥事を起こしたら大損害ですから、長期にわたって従業員を勤勉に働かせることができます。

終身雇用の代償として会社が求めたのは使いやすい社員です。その結果、ホワイトカラーの正社員はゼネラリスト(なんでも屋)としてさまざまな部署を経験し、どの部署や支店に異動・転勤を命じられても断ることができません。

こうした働き方をするためには専業主婦の妻が必要で、OL(オフィスレディ)と呼ばれた女子社員は30歳までに社内で結婚相手を探して「寿退社」するのが当然とされていました。

サラリーマンやその妻は、「安心」を手に入れるために、こうした理不尽な制度をよろこんで受け入れたのです。

経営者にとっても、従来の日本的雇用慣行はとても都合のよい仕組みです。欧米企業の経営者はマネジメントのスペシャリストですが、日本企業では「サラリーマンすごろくの上がり」として、経営の専門性などなくても「いいひとだから」などの理由で社長にしてもらえます。

業績が向上しなくとも内部留保が増え続ける謎

日本の会社において、労働組合と経営者は同じイエに属する仲間です。労働組合の幹部が出世コースのひとつになるのもこのためで、組合は正社員だけを守り、成功した正社員が社長になってイエを守るという二人三脚をつづけています。

業績がたいして向上していないにもかかわらず内部留保だけが増えつづけていく日本の会社の不思議もこれで説明できます。イエのメンバーである正社員の生活を守るため、業績とは関係なくひたすらお金を貯め込もうとするのです。

こんなことをされては、株式会社の「所有者」である株主はたまりません。会社が利益をあげて配当を出し、企業価値が向上して株価も上がると期待するからこそ、投資家は株を買って株主になるのです。

村上ファンドを創設した村上世彰さんは「物言う株主」として恐れられ、嫌われました。

日本の経営者に「使い途のないお金は株主に配当しろ」と正論を主張したところ、インサイダー取引の容疑で逮捕されてしまいましたが、この事件も、会社を「社員の共同体」として私物化している経営者の反撃だと考えると理解できるでしょう。

こんな歪(いびつ)なシステムが持続できたのは、経済成長によって市場のパイが増えていたからで、ひとたび成長が止まれば限られたパイを奪い合う醜い争いが始まるのは当然です。

こうして日本は、批判や罵倒が飛び交うぎすぎすした社会になってしまいました。

保守派はこれを「中国・韓国が悪い」とか、「反日勢力が日本の伝統を破壊した」とかいいますが、その本質は「身分制社会」において、それぞれの「身分」で利害対立が表面化したことです。それを解決するには、「身分でひとを差別しない社会」にするしかありません。

経営者も労働組合も、日本的雇用が機能不全を起こしていることはじゅうぶんわかっているはずです。しかし状況を変えようとすると、既得権が失われてしまいますから、自分からは言い出すことができません。

「改革はいいけど、自分が満額の退職金をもらってからにしてほしい」というのが偽らざる本音でしょう。