これまで数々の企業のコンサルタントを務めてきた小宮一慶氏。小宮氏は長年の経験から、企業はお客さまを大事に考える姿勢を貫かなければ、簡単に道を踏み外すと指摘する。そして、企業が顧客のために動いているかどうかはCMを見れば一目瞭然だという。実例を出しながら、お客さま第一の重要性を語っていただいた。

※本稿は、小宮一慶(著)『経営が必ずうまくいく考え方』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。


お客さまを「バカ」と呼んだ社長

これまで、多くの企業の社外役員を務めてきた。その中で、自ら「辞めさせてほしい」と言ってご縁を断たせてもらった会社が2つある。

1つ目は、なかなか込み入った事情があり、決断までに時間を要した。2つ目の会社については、ある日いきなり、その場で決断した。熟考する必要もないくらい、単純かつ明確な理由があったのだ。

その会社の業績はあまり良くなかった。それでもできる限りの協力はしようと思って、長期にわたって伴走してきた。お客さまを紹介してほしいという要望にも応じた。その会社の技術とマッチしそうな会社を知っていたので、引き合わせて取引をしてもらった。それにより、会社の業績は少し上がった。結構な額の取引をしてもらえたからだ。

ところがある日、社長と話をしている最中、耳を疑う言葉を聞いた。私たちが紹介した会社の経営者のことを、社長が「あのバカ」と言ったのだ。とりあえず、聞こえなかったふりを装って、話の続きを聞くことにした。

どうやら、受注した内容が意に沿わないものであったらしい。もっと高額の発注をしてもらえると思っていたら、そうでもなかったようだ。もっと良い商品を作れるのに、という愚痴を聞かされた。「作り手である自分たちには分かるが、発注者は素人だから理解してくれない」という意味での、「あのバカ」だったのだ。

しかし、大切なお客さまに「あのバカ」はないはずだ。内心、「お前のほうがバカだろう」と思った。その言葉を発する前に、顧客のニーズにどれだけ耳を傾けたのだろう。自分の提案のほうが理に適っていると思うにせよ、お客さまに伝わる言葉で説明できないことに問題があるのだと、なぜ分からないのだろう。─と思いつつ聞いていたが、愚痴は止まらない。

そのうち、社長の口から2度目の「あのバカ」が飛びだした。今度は、内心では収めなかった。「おまえのほうがバカだろう」と声に出し、席を立った。社外役員を降りると宣言して、そのまま帰ってきた。

あとで社長から詫びの連絡が入り、私の部下に釈明をしていたが、頑として応じず、それきり2度と会っていない。紹介した取引先さんにもあえて何も聞いていないので、その後、その会社がどうなったかも知らないし、私の関心や興味の範囲から完全に消えた。


お客さまの有難みを忘れるな

さて、この話、一見極端な例に映るかもしれないが、多くの教訓を含んでいる。その会社の事業内容は高い専門性を必要とするものだった。そうした事業を営む業者は、クライアントに対して「自分たちのほうが玄人だ」という間違った優越感を抱きがちだ。

スキルや専門知識に誇りを持つのは良いことだが、それが内部志向と合わさると、かなり鼻持ちならない会社になる。「バカ」とは言わないまでも、「あのお客さん、分かってないんだよな」くらいの陰口が社員の間で交わされるようになる。

経営者は、そうした空気を感じとったら、きちんと叱って意識を正させるべきだ。だが、経営者自身も、業績が少し良くなると油断が生まれる。顧客の有難みを忘れ、リピートしてくれてあたりまえ、と思うようになったら黄信号だ。

もう1つ、「年齢差」もまた、油断や慢心を生みやすいポイントだ。今にして思うと、当時の私はまだ50歳過ぎで、社長は私よりかなり年長だった。それが気のゆるみにつながり、あの暴言に至った部分は大いにある。

いずれにせよ、お客さまを第一に考える外部志向であれば、気がゆるもうと何だろうと、お客さまを「バカ」というような発言が出るはずがない。意識の持ち方一つで、経営者や会社はいとも簡単に道を踏み誤るものなのだ。