格差の拡大、一部の超富裕層への富の集中……変わりゆく世界のゆくえを、ノーベル賞経済学者はどう見ているのか?――ニューヨークの彼のオフィスで聞いた。

※本記事は大野和基インタビュー・編『未完の資本主義 テクノロジーが変える経済の形と未来』(PHP新書)から抜粋して編集したものです


富の不均衡が救済される可能性もある

――この数年、世界中で格差の拡大が問題になっています。あなたは前回のインタビューで、富の集中を防がなければならないと述べていましたね。

【クルーグマン】富の極端な集中は避けなければなりません。社会的にも政治的にもネガティブな影響を及ぼすからです。大事なことはセーフティネットがあり、すべての人に基礎収入を保証することです。その一部の資金は富裕層に税金をかけることでまかなえます。

現在のアメリカの失業保険は、前職の給与30%分を6カ月間支給という非常に限られた補償額でしかありません。これでは暮らしていけず、格差は広がるばかりです。ただ、前回のインタビューでも述べましたが、失業率の高さはAIに仕事を奪われたからだというのは思い込みです。現実にはそんなことは起きていません。

現在、我々は2つに分かれる分岐点にいます。1つの道は、寡頭政治です。つまり、ひと握りの富裕層が巨大な富をシェアしている状態に向かう。彼らはうまく政治を支配しています。もし富の極端な集中が民主主義と折り合わないとすれば、後退するのは民主主義のほうかもしれません。極端なエリート社会になる恐れがあります。

一方で、この不均等を救済する措置が生まれ得るとも思います。私は、1960年代から70年代にかけて、中流階級で育ちました。この中流階級というのは、自然発生的に湧き起こったものではありません。30年代、40年代の政治活動によってつくり出されたものなのです。

アメリカだけではなく、多くの豊かな国でもそうでしょう。それがもう1つの道です。我々は、この道を進むこともできます。ただ、未来はかなり漠としたものです。


資本主義は今のところ最良のシステムだ

――資本主義は行き詰まっている、という声も聞かれます。

【クルーグマン】いえ、資本主義に代わるシステムはありません。過去には(社会主義的な)中央指令型経済が試みられたことがありますが、うまく機能しませんでした。

ゆえに我々は中央集権的でないシステムを求めました。では、それはどのように機能するのか、他の人々が欲しがるものを生産するインセンティブを、どう人々に与えるのか……。結局、「価格」や「私有財産」「所有権」といったものなしには、システムを機能させることは難しかった。

資本主義は気まぐれに採用されたシステムではないのです。現代社会は、なるべくして資本主義になっている。いまのところ最良のシステムだと思うのは、先進国が取り入れている福祉資本主義です。資本主義の粗っぽさをより洗練させた仕組みといいましょうか。

資本主義のように利潤動機、自己利益、市場といった要素に基づくものの、規制と税、国家による給付金制度によって資本主義の厳しさを和らげるというシステムです。

多くの国ではこの資本主義と社会主義を合わせたシステムが採られており、イギリスや日本などでは政府から国民に直接、社会保障がまかなわれるようになっています。資本主義は、福祉の面ではうまく機能しませんから。ただ、協同組合や非営利団体などの働きは限られていますから、やはり基本は資本主義になります。

ユニバーサル・ベーシックインカムも、この福祉資本主義に基づく考え方です。国民全員に納税義務があり、納税額の多寡に応じて給付金を与えるというシステムに近いですから、現行の福祉資本主義にうまく似せた形です。再分配のある資本主義ということですね。そしてこのシステムは、もうずっと前から先進国で適用されています。

国民に30〜50%という所得税を課し、集めた税金をさまざまな用途に充てる──ときには国防費になることもありますが、多くは教育や年金、国民保険に使われる──というこのシステムは、他でもない資本主義です。デンマークではGDPの約半分も収税していますが、それでもこの国のシステムは資本主義です。

資本主義というのは結局、利潤最大化と自己利益で、それはどの国でも同じです。ただ、資本主義による経済的不平等をどこまで是正するかという度合いは国によって異なるということです。これは、経済というより政治の話になりますね。