EVでの使用を終えた電池が、これから大量に出てくる

――御社は、2010年9月に、日産自動車と住友商事〔株〕が出資して設立されました。

【牧野】「リーフ」が発売されたのは2010年12月なので、それよりも前に設立されています。それだけ時間がかかる、難しいビジネスだろうと考えていました。

設立当初は、中古のEVの電池というものが、世の中にほとんど存在しませんでした。そこで、「リーフ」の新品の電池を使って家庭用蓄電池を製造し、販売して、市場のニーズや商習慣を勉強しました。1年強で6000台ほどを販売し、知りたいことがわかったところで、新品電池を使用した家庭用蓄電池のビジネスは中断しています。

同時に、電池の再利用のための技術開発やビジネスモデルの実証も行なってきました。そして、技術が完成し、中古の電池も出始めたので、2018年3月に福島県浪江町に工場を建てました。東日本大震災のとき、福島第1原発の事故による放射能汚染によって避難指示が出された町です。2017年3月に一部地域を除いて避難指示が解除されました。

当社の工場が震災後初めて町内に新規立地した工場ということで、非常に歓迎していただきました。今後、当社を大きく成長させて、浪江町の復興にも貢献したいと思っています。

――事業を拡大していくためには、「リーフ」以外の電池も扱う必要があると思います。

【牧野】これまでは、電動車自体がそれほど普及していなかったので「リーフ」の電池のみを扱ってきましたが、当社は設立当初から、日産以外の電動車の電池も扱うことも視野に入れていると申し上げています。

ただ、日産以外の電動車の電池を扱うためには、電池の詳細情報を開示していただく必要があります。実際、まだ詳細は申し上げられませんが、色々なお話をいただいています。

また、年間の世界の新車販売8000万台をすべて電動化するうえで電池の再利用は避けられない問題ですから、他社も遅かれ早かれ参入してくると思っています。

――再利用も終えた電池は、どうするのでしょうか?

【牧野】当社の「フォーアール」という社名は、Reuse(再利用)、Refabricate(再製品化)、Resell(再販売)、Recycle(リサイクル)の4つのRを意味しています。最後のリサイクルは、電池からコバルトやニッケルなどの資源を取り出して、再び電池にするということです。

これには精錬などの技術を使うので、それが得意な会社にお願いをします。ただ、どんな精錬の方法がいいのか、あるいは精錬以外の方法がいいのか、といった技術の見極めは、日産自動車と当社とで行なっています。

また、「リーフ」の電池はほとんど再利用できるので、リサイクルの技術開発はもう少し先でいいとも考えています。

――「リーフ」の電池の回収率は、どのくらいなのでしょうか?

【牧野】残念ながら、回収できていないものも多くあります。インターネットのオークションサイトでも売買されています。

ここについては、リチウムイオン電池はきちんと制御して使わないと危険ですから、扱い方を誤って事故が起き、「再利用の電池は危ない」というイメージがつきかねないと危惧しています。

そこで、認証制度を作って、きちんとした技術を持った会社や個人でなければ電池を再利用できないようにしてほしいと、国にお願いをしています。その第一歩として、電池再利用に関するマネジメント規格について、JIS(日本産業規格)化が検討されています。

認証制度ができれば、回収率も上がると思います。

――その他、今後の展開は?

【牧野】2010年12月に発売した「リーフ」は、2011年に1万台ほど販売しました。それから10年が経って、使い終わった電池が数多く出てきています。

日産は、近々、「アリア」というEVも発売しますし、来年には軽自動車規格のEVも発売する予定ですから、取り扱う電池の数が飛躍的に増えていく見込みです。

また、日産のハイブリッド車、e-POWERに使われている電池も扱いたいと考えています。「リーフ」の電池は容量型なのに対して、e-POWERはパワー型で、性格が違います。それに合ったマーケットを開拓していきます。

――海外展開は?

【牧野】日本で開発した技術を展開する形で進めています。

――牧野社長は、もとは日産自動車で「リーフ」の事業を担当されていたということですね。

【牧野】「リーフ」のビジネス開拓を担当していました。AESCという電池会社の設立も担当していましたし、当社もそのときに作った会社の1つです。当社の社長には、2014年に2代目として就任しました。

――当時思い浮かべていた世界と現状を比べて、いかがですか?

【牧野】実際にはこれからですが、これほどEVが増える状況になるとは思っていませんでした。小型車について、FCVも含めて100%ゼロエミッション車に向かっているのですから。

それを思うと、10年前にこの事業を始めておいてよかったと思いますね。