数々の逸話

又兵衛には虚実とりまぜて、多くの逸話が伝わります。それだけ小説的脚色を加えたくなる、魅力的な人物であるといえるでしょう。ここではその一部を紹介してみます。

●朝鮮出兵1 物見
ある時、長政は又兵衛を物見に出しました。ところがほどなく、又兵衛が戻ってきます。その早さに不審を覚え、でたらめな報告をするのではと感じた長政が、詰問します。
「敵の様子がわかったのか? 又兵衛」「殿、味方の隊はすでに河を渡っています。敵の陣は間近でありましょうから、我らも出陣いたしましょう」「なにゆえ、それがわかった?」「川に味方の馬の沓が流れており申した。味方が渡河した証にござる。敵陣は近いですぞ」。長政は、又兵衛の鋭い観察眼に感じ入ったといいます。

●朝鮮出兵2 鬨〈とき〉の声
ある時、長政の先鋒隊が山の端をまわったところで敵と遭遇、その鬨の声を耳にした又兵衛が長政に進言します。「お味方が劣勢、すぐに救援を差し向けましょう」「おぬし、なぜそれがわかる?」「お味方の声が次第に近く聞こえております。これはお味方が敵に押されて、退却している証。勝っておれば先に進みますゆえ、声は次第に小さくなり申す」。はたして又兵衛の推察通り、血まみれの味方の兵が次々と退却してきました。

●刺客 
黒田家を退転して京都にいた時、長政の差し向けた二人の刺客が又兵衛をつけ狙いました。この二人は黒田家においても選りすぐりの豪の者であったといいます。ある日、きちんとした身なりの又兵衛が小者を連れて屋敷から出て来たので、刺客たちは急いで木戸に隠れます。すると又兵衛は「おぬしら二人は、わしを討ちにやって来たと見える。遠慮のう、討ちなされ」と声をかけ、悠然と通り過ぎました。刺客たちはその威厳に身動き一つできなかったといいます。
後日、刺客たちが暗殺に失敗したことを長政に復命すると、「そなたらに又兵衛が討てると見た余の過ちであった。死を覚悟して余に復命したは神妙の至り」と百石ずつ加増しました。長政が、憎みながらも又兵衛の力量を認めていたことを示す逸話です。

●長政への尊敬
黒田家退転後、小倉の細川忠興に招かれた時のこと。忠興は黒田長政と仲が悪かったのですが、座興として忠興は、もし細川家が黒田家と戦になったら、勝てる方策はあるかと又兵衛に尋ねました。又兵衛は次のように答えます。
「ご当家は黒田家よりも小身でござるゆえ、正面からぶつかっても敗れるのは必定。とはいえ、勝つ方法がないわけではござりませぬ。黒田筑前守(長政)様は天性豪強の大将ゆえ、常に先手に出ておられます。それゆえ決死の鉄砲隊50挺をもって黒田家の第一陣、叶う事なら第二陣まで全滅させることができれば、必ずやその中に筑前守様の骸〈むくろ〉を見出すことでしょう。いやあるいは先手5人を討ち取れば、その中に見出せるやもしれませぬ」。又兵衛は、黒田家を負かす方策を語りながら、同時に憎むべき主君であるはずの長政の武勇を称えていました。話を聞いていた忠興は、又兵衛の旧主への尊敬の念に感動を覚えたといいます。