寅さんとさくらの言い合いシーン

※本記事はPHP新書「倍賞千恵子の現場」より、一部を抜粋編集したものです。

意外に思われるかもしれませんが、『男はつらいよ』シリーズで、寅さんとさくらの兄妹二人が互いに言い合うようなシーンは、実はそれほど多くありません。
2人でポンポンやり合ったといえば、たとえば第8作『男はつらいよ寅次郎恋歌』(1971年)の1シーンです。マドンナは池内淳子さんでした。
さくらの夫、博さん(前田吟さん)の母親の告別式が営まれる岡山県・備中高梁のお寺。
親類一同の前に突然、お兄ちゃんがいつものダボシャツと腹巻、上着姿で焼香に現れます。目を白黒させるさくらと博さんの前に来て、さくらの数珠をさっと取ったお兄ちゃんは親戚にあいさつして回ります。
「このたびはご愁傷さまでございました」
「ご胸中お察しあまりあります」
さくらは、あわててお兄ちゃんを引っ張ってきて、2人の言い合いが始まります。
「ん?なに?」
「何しに来たのよ、こんなとこへ……」
「何しに来たって、ゆうべ、おいちゃんとこへ電話いれたらよ。今日こっちで葬式だってんでね。おれ岡山へバイ(売)に来てたんだよ。だからとりあえずやって来たんだよ。なんだ、いけねえのか?」
「いけなくないけどさ、何よこの洋服、お葬式よ」
「そりゃおれも気にはなっていたけどさ。旅先だろ。だからこれ(喪章)着けてね、こういうのは気持ちのもんだから、なっ」
「でもさ、みんな黒っぽい服着てるじゃない。なんとかしてくりゃよかったのよ」
「そりゃわかってるけど、旅先だよ……(キレて)うるさいな、おまえも本当に!」
「困っちゃうわ、本当にもう!」
ごく短いシーンですが、私と渥美さんの2人で、やっぱり意味もなくケタケタ笑っていました。それを怒るのは、だいたいカメラマンの高羽さんなんですが、このときは山田さんに怒られてしまいました。
第32作『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』(1983年)の同じようなシーンでも、兄妹二人が言い合うシーンがあります。マドンナは竹下景子さんでした。
備中高梁のお寺で、博さんの父親の三回忌のために菩提寺に集まった親類一同の前に、今度はお坊さんの格好をした寅さんが突如現れます。墓参のため立ち寄った寅さんが、お寺の和尚さんに気に入られて手伝いをするようになっていたのです。
正体を知っているのは博さんとさくらだけ。博さんが実の兄に向かって「兄さん」と声をかけると、隣にいた寅さんがおもわず「なんだ?」と返事して、周りに変な目で見られます。さくらは驚きと不安で泣きそうになり、廊下に出た寅さんに駆け寄ります。寅さんは子どもみたいにはしゃいで、
「ヒヒヒヒヒ!おまえたちのことをよ、たっぷり驚かしてやろうと思ったんだけど、返事したの、まずかったな。でも途中までうまくいったでしょう? うまいねと思ったでしょう、ね、ね、ね、ウフフフ……怒んなよ、おまえ〜、そんなぁ」
「さっきから私がどんな気持ちでいたか、わかんないでしょう」
「からかっただけじゃねえかさぁ。泣くなっての」
「ねぇお兄ちゃん、正直に答えてちょうだい。ここのうちの人たちだまして、何か悪いことでもしてんじゃないでしょうね」
「ばかやろう、おれがそんなことするわけねぇじゃねえか。これにはいろいろと深い事情があるんだよぉ。な、あとで話するから」
(手伝いのおばさんから呼ばれて)
「はい! ただいま。忙しいんだ、おれ、見ろ。泣くなって、な、な」
上機嫌の寅さんと泣き顔のさくらさんが対照的で、妙におかしいシーンです。ここでも何度も吹き出して撮り直しになりました。
渥美さんとは、休憩時間によくふざけあって大笑いしていました。メイクさんが持ってきた鏡を見て私がいろいろな顔をして遊んでいたら、渥美さんがやってきて、
「何やってるんだよ」
「下から見ると、人間の顔ってさ、面白いのよ。ちょっと見てみて」
「どれ」
2人で鏡を見ながらバカ顔をしているうちに、もうおかしくておかしくて。「社長さん顔」というのをして、下を向いて二人でゲラゲラと笑っている。周りは何を笑っていたのか、まったくわからなかったでしょうね。
ただ意味もなくおかしいのです。今、思い出してもおかしいくらい。そんな他愛もない場面をなぜかよく覚えています。