2019年11月24日の最終公演をもって宝塚歌劇を退団した明日海りお。

東京宝塚劇場公演千秋楽の模様は、過去最大規模の全国47都道府県に台湾、香港を加えた合計189カ所の映画館に生中継され、劇場前のパレードには延べ1万人が集結した。

宝塚歌劇100周年の2014年から、宝塚を代表するトップスターとして華やかに宝塚歌劇を牽引してきた明日海りおは、まさに変わりゆく宝塚を体現した存在でもあった。

89期の仲間たちと歩んできた時代を振り返り、トップスターの魅力を徹底分析、稀代のタカラジュンヌの秘密に迫る。

※本稿は松島奈巳著『宝塚歌劇 明日海りお論』(東京堂出版刊)より一部抜粋・編集したものです。


明日海りおの代表作は? 再演ラッシュが生んだ思いがけない効果

トップスターには、代名詞といえるステージがある。

真飛聖(まとぶせい)といったら、ショー『EXCITER!!』。
蘭寿とむ(らんじゅとむ)なら、『CONGA!!』とか。

月組トップの真琴つばさ(まことつばさ)は、東京宝塚劇場のこけら落としとなった『愛のソナタ』が思い出されるし、星組トップの湖月わたる(こづきわたる)には、サヨナラ公演『愛するには短すぎる』が忘れがたい。

では、明日海りおといえば?

2014年のトップ就任から2年をへて、これぞ、という作品は見当たらない。依然、筆者の中では『春の雪』ということになる。だが客席526席のバウホールと2550席の宝塚大劇場とでは、芝居の作り方が根本的に異なる。バウホールの場合、出演者も組子70人余の半分となる。

明日海りおの場合、トップ就任後に新作があまりにも少なかった。

「新境地が見たい」
「再演はもう飽きた」

だが怒涛の名作連チャンを喜ぶ声もあった。
というのも。

明日海りおファンには「それまで宝塚歌劇をまったく見ていなかったが、明日海りおがきっかけで好きになった」という層が、他のジェンヌよりも多いと思っている。具体的にどのくらいと言われても、返答に窮するのだが。

非・宝塚ファンがなぜ明日海りおを知り得たのか? 宝塚ファンの友人からDVDや専門誌『宝塚GRAPH』『歌劇』を借りてというのがまず王道だ。

もうひとつのルートは、テレビ番組。「SANSPO.COM」(2014年9月26日付)から。

《フジテレビ系の人気番組「SMAP×SMAP」の10月6日放送分(月曜後9・0)に、宝塚歌劇団の花組トップスターらが出演することが26日、分かった。

今年5月にトップとなった明日海りおをはじめ、トップ娘役の蘭乃はな(らんのはな)、さらに花組を彩る望海風斗(のぞみふうと)、芹香斗亜(せりかとあ)、柚香光(ゆずかれい)花組タカラジェンヌ5人が登場し、歌のコーナーでSMAPと共演する。

今回披露されるのは、一夜限りの豪華スペシャルメドレー。昨年の花組での公演後(初演は2011年の星組公演)、今年は香取慎吾ご主演で再び話題を呼んだ「オーシャンズ11」(大阪公演は10月22日〜11月2日、梅田芸術劇場)の楽曲「Fate City」をはじめ、宝塚公演の作品の中から選りすぐられた名曲で構成される。》

外部媒体への出演について、2010年ごろから歌劇団は大きく舵を切った。


ドメスティックな「秘密の花園」の扉がひらかれた

筆者が週刊誌の演劇担当だった1990年代。歌劇団はとても取材がしにくかった。そもそも広報宣伝という概念があるのかなぁと思うこともしばしばだった。

当時は「秘すれば花」。露出をしぼり、希少価値を高める。劇場に足を運ばないと、始まらない。歌劇団公認の書籍や雑誌でないと、基礎知識も得られない。そんな時代が長かった。

加えていえば、宝塚歌劇は阪急電鉄の一部門であり、広告塔でもある。阪急グループといったら京阪神の大コンツェルンである。取材を受けて悪口を書かれるくらいならば、接触しない方がいいという意識さえかつては感じられた。

だが。そんなドメスティックな伝統は次第に通用しなくなる。

不況の波が続き、ゲーム、ネットなど種々の娯楽ツールが増え、「根強いファンが支えてくれるから」という甘えが通らなくなる。

こうして外部媒体への露出が増えた。

2000年代にはテレビ番組の威力は絶大だった。

静岡市内の中学3年生だった明日海りおは、バレエ仲間から借りた公演ビデオで宝塚歌劇にハマった。同じようにたまたまチャンネルを合わせていた番組にタカラジェンヌが出演しており、興味を持った視聴者が全国で同時多発した。

ただテレビ出演は、両刃の剣。逆効果になることも少なくない。

2000年の姿月あさとの退団に際して、どんな男役だったかよりも、ダフ屋でチケットが30万円で取引きされたという点にテレビ番組は終始した。「廊下を直角に曲がる」「便器をピカピカに磨きあげる」など音楽学校のトリビアをことさらに珍しがったりもした。

正直、テレビ番組での取りあげ方には、「宝塚歌劇=フツーじゃない」「タカラジェンヌ=変わった人」という方程式があった。

はっきり言うと、2000年ごろまでテレビ局にとって宝塚歌劇は色物に過ぎなかった感じがぬぐえなかった。それが次第に転換してゆく。