人気作家の宮部みゆきさんと、芸能界一の読書好きといわれる宮崎美子さんによれば、「作品は誤読を恐れず、自由に解釈していいもの」だそう。お二人が考える作品の楽しみ方、そして、宮部さんの最新刊「きたきた捕物帖」シリーズ『子宝船』について語りつくします。

※本稿は、『PHP』2022年9月号より抜粋・編集したものです。


自分にはなかった人生を作品を通して味わう

【宮部】宮崎さんのYouTubeチャンネル「よしよし。」を拝見しております。私の『きたきた捕り物帖』を取り上げていただいて、ありがとうございます。

【宮崎】いえいえ、私はただの一読者として感想を述べただけで。失礼しました(笑)。

【宮部】そもそも宮崎さんは小さいころから本がお好きだったんですか?

【宮崎】声を出して本を読むのが好きだったんです。声を出すともっと物語の中に入って登場人物の気持ちになれる気がして。

【宮部】そこからもう演じることにつながってたんでしょうね。

【宮崎】宮部さんは、将来作家というお仕事につながる環境があったんですか。

【宮部】それが家には本があまりなくて。私たちの世代は本が高くておいそれと買ってもらえませんでしたから。学級図書と学校の図書室を使い倒していました。あとはお金持ちのおうちの女の子から借りるという。実は「江戸川乱歩のキャー事件」というのがありまして。

【宮崎】ええっ!? なんでしょう?

【宮部】畳屋さんのお嬢さんが江戸川乱歩の少年探偵団シリーズの最新刊を持っていたんです。放課後、もう1人の友だちと3人で朗読しようと、教室に残って。

【宮崎】ふむふむ。

【宮部】まだ明るかったんですが、誰もいない教室で、雰囲気が盛り上がってしまったんです。途中で誰かが「キャーッ」と言ったら、その声に驚いて3人とも「キャーッ」(笑)。叫びながら廊下に逃げて行ったの。

【宮崎】ハハハハ(笑)。それが「キャー事件」。

【宮部】先生がすっ飛んできて、「なにやってるんだ」(笑)。すごく怒られました。でも子ども時代に誰かと読書体験を共有できたのは幸せなことでした。

【宮崎】本を読むと、違う世界に自分を連れていってくれますものね。

【宮部】これは作家の北村薫さんの名言なんですが、「物語は人生が1度しかないことへのプロテスト(抗議)として誕生したんだ」と。私も自分にはなかった人生を作品の中で書いているのだと思いますね。

【宮崎】役者もいろいろな人生を味わえる、とても幸せな仕事なんだなと、40年続けて、やっとそう思えるようになりました。

【宮部】宮崎さんは役をやるとき、この人ならずっと演じられるけど、この人は2度と嫌というのはありますか。

【宮崎】幸せな役ならいいんですが、つらい境遇の役だと、一刻も早く抜け出したいときはありますね。宮部さんも登場人物のキャラクターを背負ってしまうことはありませんか。

【宮部】50代半ばくらいから1人の人物を掘り下げるのに疲れてきました。もうあなたの人生には責任をとり切れない、ごめんなさい! と思ってしまう。

だから最近は長編ではなく、中短編が私の体力にはあっています。『きたきた捕物帖』や『桜ほうさら』など、中短編で構成されている時代小説は書いていて楽しいですね。


『きたきた捕物帖』は作家としての終活シリーズ

【宮崎】私は宮部さんの時代小説をほとんど読んでいるので、登場人物はみな知り合いのように身近に感じているんです。5月に出た、『きたきた捕物帖』の続編になる『子宝船』もすぐ読んでみたんですが、今回は主人公の北一がおそろしい事件に巻き込まれますね。

【宮部】北一は岡っ引きの親分に育てられたみなし子です。親分が急死したあと、16歳で自立しますが、まだ半人前。周囲の助けを借りながら、事件を解決し、成長していきます。今回の事件は、自分ひとりで生きるのに精一杯の北一には厳しすぎるかもしれないと思いましたが、書いてしまいました。

【宮崎】北一は自分の出自もわからない身の上で。それだけで充分かわいそうなのに、小柄でやせていて、おまけに薄毛で。年頃の男の子にそれはないんじゃない(笑)。

【宮部】江戸時代の文献を調べると、髪質のせいで、はやりのまげが結えない悩みがけっこうあるんですよ。今の私たちと変わらない悩みがあるんだなと、そこは現代と共通することを書きました。

【宮崎】一方、北一の相棒となる喜多次はイケメンですよね。喜多次は長命湯という銭湯の釜焚をしています。いつも汚れたかっこうをして髪もロッカーみたいに後ろでひとつに結わえていて。

【宮部】イケメンで不良っぽいほうがドラマ化しやすいかなと思って(笑)。ジャニーズの若い役者さんに演じてもらえるとうれしいですね。

【宮崎】そういうねらいもあったんですね。

【宮部】彼は謎のある一族なんです。これからおいおい書こうと思うんですが、ヒントをひとつだけいうと、失業した忍者がどうなったか気になりませんか?

【宮崎】えっ? 喜多次は忍者の一族?

【宮部】それはまだわかりません(笑)。ただ、江戸時代のように長く平和が続くと、暗殺や諜報などスパイ活動をやっていた忍者は必要なくなりますよね。

彼らはどうやって生きていったのか。腕がよければそのまま別の大名家に抱えられるでしょうが、そうでなければ地元に残って農業をやったり、町に出て何でも屋稼業をやったりしたんじゃないでしょうか。

【宮崎】忍者一族の顛末...。楽しみです。今回の新刊ではおなじみのメンバーに加えて、『桜ほうさら』に登場する富勘長屋の住人が出てきて、私はうれしくなってしまいました。

【宮部】『桜ほうさら』を書いたときから、「きたきた」に登場させるつもりでいたんです。ほかにも、伏線を張ったまま書き切れなかった物語の登場人物がたくさんいて、実は「きたきた」シリーズで、全部回収しようと思っているんですよ。

【宮崎】じゃあ、「きたきた」は宮部さんにとって、これからも続く大切なシリーズなんですね。

【宮部】大げさな言い方をすると、作家としての終活のシリーズですね。34年間作家として書いてきたものを、この捕物帖できれいに回収してまとめられればと思っています。