コロナ禍に学校や予備校の授業がリモートとなり、思うように勉強が進まないという受験生も少なくないだろう。しかし、受験勉強に大事なことは『諦めない』ことである。

諦めないという一念を貫き、文章を読むことが非常に難しいディスレクシア(読字障害)を乗り越え32歳で医師になった男性がいる。北海道札幌市で福住整形外科クリニックを営む医師、亀田和利氏がその人である。ディスレクシア(読字障害)を持った苦悩と乗り越えた経験談は受験生にとっても参考となるに違いない。


コミュニケーションが苦手だった幼少期

「子供の頃を振り返ると家に1冊も絵本などがありませんでした。大人になって母親から聞かされたのは『子供にオモチャや本を買うと、父親に怒られるから買わなかった』と言うのです。"子供が自由に育つように"という父なりの方針だったのかもしれません」

亀田氏は、当時の記憶はないが、幼稚園に行っていないことはなんとなく覚えている。

「幼稚園の頃の記憶が全くなかったので両親に聞いたところ、『幼稚園は行ってないよ』と聞かされ、納得しました。小学校へ入学しても教科書が読めませんでした。文章を読んでも私にとっては一文字一文字ずつしか理解できない。だから教科書や本を読んでも私は意味やストーリーを理解できませんでした」

授業でも他の生徒のように教科書を読むことができず、周りとのコミュニケーションは苦手だと感じた。そのため、学校が終わると友人と遊ぶこともなくまっすぐ帰宅した。

「家に帰ると父が経営していた青果店を手伝いました。国語は苦手でしたが、算数は得意で、手伝いをしながらお金の計算をすることが楽しかったことを覚えています」

字を読むことが苦手だった当時の亀田氏に両親は何も言わず、家業を手伝い生き生きとしていることを喜び、客への配達などにも連れて行ってくれた。

「小学3年生の頃、地元の心臓外科医、和田寿朗先生のご自宅へ、父と一緒にみかんを届けに行きました。その時、父が『この家は、日本で初めて心臓移植手術をした先生の家だよ。素晴らしい先生だね』と私に話すのを聞き、『お父さんが尊敬する医師という仕事はすごいんだと思いました」


「自分はディスレクシアなんだ」

学年が上がっても文章を読むことはやはり苦手だった。

「文章を読むことはいつまでたっても苦手なままでした。一文字一文字を単独で読むのがやっと。例えば『明日学校へいく』という文章を僕が読むと『あ...し...た』というように、文字を一つ一つ読むだけ、ようやく読み終わっても文章として頭に残っていない。もちろん、文章の意味もわからない。周りの人には、ふざけていると勘違いされ理解されないのが悩みでした」

実は、亀田氏のように字を読むことが困難という現象は、ディスレクシアという。ディスレクシアとは、知的能力や理解能力などに異常がないにもかかわらず、文字の読み書きに多大な困難を抱えるため、結果的に学習障害を招くことがある。失読症、難読症、識字障害、読字障害、読み書き障害などとも呼ばれる。

「ディスレクシアのことは、だいぶ後で知りました。しかし、ディスレクシアを知ったとき、『自分はディスレクシアなんだ』と思い、原因が分かり、ショックよりもモヤモヤが取れた気がしました」

ディスレクシアは発達障害とも言われるが、理解する力には問題はなく、訓練によって克服できる可能性が高い。