多くの人が「不眠」の悩みを抱えています。人間関係や仕事の悩みで眠れず、強い不安を感じてしまうことも。しかし、不眠は人の心を守る働きをしている可能性があるのです。精神科医の西多昌規さんが解説します。

※本稿は、西多昌規著『引きずらない人の習慣』(PHP研究所)より、一部を抜粋・編集したものです。


「イヤなことは寝て忘れる」には科学的根拠がある

「引きずらない」ということは、イヤな経験から生じる怒りや不満、イライラなどネガティブな感情を上手に調整できるということです。そのために取り組むべきは、考え方を工夫したり、生活習慣を整えたりといった、起きている間に自分で努力することが中心のように思えます。

しかし、1年365日ほぼ毎日、特に頑張らなくても、ネガティブ感情を自然に整えてくれる習慣があります。それは、睡眠です。特にレム睡眠には、不愉快な感情を和らげるはたらきがあるという研究結果があります。

「イヤなことは寝て忘れる」

これには、科学的な根拠が確かにあるわけです。よく寝ている人は、イヤなことを「引きずらない」し「引きずりにくい」というのは、間違ってはいません。

しかしもちろん、寝れば寝るほど気持ちの整理がつくということではありません。眠りすぎは、逆にうつっぽくなることが知られています。寝坊してばかりで、頭が重くなったり、生活リズムが夜型になったりして朝がつらくなった経験があれば、よくわかるのではないでしょうか。

また、「眠りが浅い人は引きずる」とも言い切れません。

そもそも、眠りが浅いか深いかというのは主観的で、睡眠の専門医でも、血圧や血糖値のように数値化することが難しいのです。脳波検査をして、深いノンレム睡眠の長さで評価する方法もありますが、この深い睡眠が長いほど主観的な睡眠の質が良いかと言えば、そうとも言い切れません。


「不眠症」の人は、眠れないのではなくそれを気にしすぎている

では、どうすればよいのかと言えば、実は非常に単純なことなのです。

患者さんでも、「まったく眠れませんでした」と深刻に言う人のなかには、ご家族から「いえいえ、実は夜に寝息を立ててぐっすり眠っていますよ」という人が確かにいます。不眠ではなく、眠れないことを気にしすぎているのです。

「気にしすぎ」も、度を越すと社会問題化してきます。メンタルクリニックに行って眠れないと言えば、睡眠薬が簡単に処方されてしまいます。最近では規制が厳しくなってきましたが、実際には必要な睡眠時間がとれているにもかかわらず、薬を飲んでいる人がいるのも事実です。

睡眠は大切だけれども、過剰にこだわらないのが、「引きずらない人」の習慣です。

わたしのまわりでも、超多忙で睡眠時間が短くても元気でバリバリ活動している人もいれば、しっかり長時間寝ないとダメという人もいます。共通しているのは、日中にその人なりに活動していて、自分の睡眠の良し悪しにこだわりすぎていないことです。

逆に、「眠れなかったらどうしよう」「今夜は大丈夫かしら」などと夜が恐ろしくなる日々が続いてきたら、あまり良くないサインです。すでに眠りの不安を、引きずっているわけですから。

「昼間に元気に活動できていれば、夜の睡眠状態はあまり問題にしない」というのが、現在の睡眠医学における不眠症の基本スタンスです。もし眠気などで日中に問題が生じてきたら、そのときにこそ眠りの対策に本腰を入れるべきだと思います。