新年度を迎えてしばらく経ちますが、職場に変化があった人もそろそろその環境に慣れてくる頃ではないでしょうか。周りが見え始めると気になるのは人間関係。上司と馬が合わない、無理な仕事を押し付けられるなど、早くも鬱々とした気持ちを抱きながら通勤する人も少なくないはず。

曹洞宗徳雄山建功寺住職の枡野俊明さんは、お釈迦様の教えである「お互い様」の心が大切と説きます。職場でのモヤモヤを対処するコツをお話しいただきました。

※本稿は、枡野俊明著『ひとり時間が、いちばん心地いい』(PHP文庫)より内容を一部抜粋・編集したものです。


いい人と思われなくてもいい

職場の中で孤立したくない。みんなとうまくやっていきたい。みんなに嫌われたくない。できれば誰からも好かれたい。そんな思いが強いばかりに、つい自分に無理を強いる人もいることでしょう。「あの人はとってもいい人だね」と、そう思われたいために無理をしている人たちのことです。

人から頼まれることが多い、と言う人がいます。仕事の中でも、いつも同僚や先輩から仕事の手伝いを頼まれたりする人です。「ちょっとこの仕事を手伝ってもらえないかな」「ごめん、私今日はどうしても行かなくてはいけない約束があるから、この仕事を明日までにやっておいてくれないかな」と、夕方の終業時間間際に手を合わせて頼まれる、といった感じです。

そう頼まれれば、何となく断るのが悪いような気持ちになってしまうでしょう。自分も早く帰りたい気持ちがあっても、まあ2時間くらいの残業ならいいかと引き受けてしまいます。

そんな時、心のどこかで、自分が頼りにされていることを喜んだりしているのではないでしょうか。みんなが私に頼みごとをしてくるというのは、私がみんなから信頼され、好かれているからなんだとの思いが、頭のどこかにあるのかもしれません。

いつも仕事を手伝ってくれるあなたのことを「いい人」だと周りの人は褒めるでしょう。しかしそれはプラスの評価とは限りません。「都合のいい人」と思われている可能性もあります。

頼まれごとを断りきれない人。どうしてはっきりと断ることができないのでしょう。それは、もしも断ってしまえば、そこで人間関係が終わるかもしれないという不安があるからではないでしょうか。

せっかく手伝ってと頼んでくれたのですから、それを断るのはその人の信頼を裏切ることになるとの思いが頭を過るからです。とてもまじめで誠意のある人であるからこそ、そんなふうに考えてしまうのでしょう。


できないことは無理だと伝える

頼まれごとというのは、基本的にはフィフティー・フィフティーでなければいけないと思います。特に職場ではこれが原則でしょう。お互いに頼んだり頼まれたりする。手伝ったり手伝ってもらったりする。その配分は半々であるべきでしょう。

どちらか一方に負担が増えてしまえば、それは仕事仲間ではなく主従関係になっていくからです。「この仕事を手伝ってくれないかな」と頼まれた時には、まずは頼まれた仕事の全体を客観的に眺めてみることです。その分量はどれくらいのものなのか。

はたしてどれくらいの自分の時間が奪われるのか。それらを客観的に見て、自分が手伝えるだけの仕事を引き受けること。「この部分なら2時間あればできますよ。でもその他の仕事を引き受けるのは、今の私の状況では無理です」と、はっきりと伝えることです。

もしも頼まれたことが自分の得意なことで、時間もかからずにできるのであれば、それは手伝ってあげればいいでしょう。しかし、無理をして引き受けてしまい、結果として期日までにできなかった時はどうなるでしょうか。頼んだその人にとっても、頼まれた自分にとってもそれはマイナスになります。安請け合いすることで、かえって周りに迷惑をかけてしまうことになります。

それだけは仕事のうえでは気をつけなくてはいけないのです。できないことは無理だとはっきりと伝えること。それこそが信頼というものなのです。

いつも頼まれごとをする「いい人」がいます。そしてその「いい人」をうまく利用しようとする人もいます。どちらが悪いのでしょうか。おそらく多くの人は、頼んでばかりいる人のほうを悪く思うでしょう。誰かを利用することで自分だけが得をしようとするからです。

自分の仕事を減らそうと、うまく同僚に仕事を振ったりする人です。そんな計算高い人もいるものです。こういう関係の場合、悪いのは両方なのではないでしょうか。どちらかが一方的に悪いということはありません。相手を利用して頼みごとをする人も悪いし、それを断ることなく引き受けるほうも悪いのです。

頼むほうの人間は、頼みやすいターゲットを探しています。都合のいい人が見つかれば、集中的にその人に向かっていきます。もしも周りに都合のいい人が見つからなければ、その仕事は自分でやるしかありません。とはいえ、そうなっても本人にとって、結果として仕事の能力を伸ばすことにつながっていくことになります。


上司とうまくいかない人たちへ

会社という組織の中には、必ず上司の存在があります。これそのものは、もう逃れることはできません。上司といえば何となく避けたくなるような存在に感じる人も多いでしょう。しかし、うまく付き合えば仕事をよく教えてくれますから、いかに上手に上司と付き合っていくかが、自分の力を伸ばす大きなポイントとなります。

お互いに客観的に相手を見ながら、目標達成に向かって仕事をしていくこと。余計な感情など入ってこない。そんな関係を築ければいいのですが、やはりそこは人間関係の厄介なところ。どうしてもお互い、好き嫌いの感情が入ってくるものです。

ほんのちょっとした苦手意識が上司と部下との関係を邪魔したりすることになるでしょう。これが酷くなった時、どちらかが組織の中で孤立することになるのです。

お釈迦様の教えの中に「諸行無常(しょぎょうむじょう)」というものがあります。「無常」というのは仏教の根本的な考え方で、世の中のすべてのことは常に移ろいでいるという考え方です。常なるものなど無であると。一つのところに留まっているものなど何もないということです。

会社という組織も同じです。今の上司がこの先、10年も20年もずっと代わらないということはありません。普通の会社であれば、人事異動は数年ごとにあるでしょう。

つまり、目の前にいる苦手な上司も、数年あなたが我慢すれば必ずどこかに移っていくということです。その前に自分のほうが別の部署に異動することもあるかもしれません。いずれにしても、一生付き合うわけではありません。

会社を一歩出たら、もう上司のことなどさっぱり忘れて、自分の楽しい時間の中に身を置けばいいのです。会社帰りに同僚と飲みながら、上司の悪口を言っている人がいます。これは無意味な時間だと思いませんか。せっかく同僚と楽しいお酒を飲んでいるのですから、そこで「ダメな上司」のことを思い出すことはありません。頭の中からすっかり追い出してしまうことです。

人間には自我というものがあります。自我がない人は存在しません。しかし、あまり自我が強過ぎると、必ず衝突することになります。簡単に言えば「けんか」とは「自我」のぶつかり合い、自己主張の押しつけ合いなのです。

この「自我」を少しだけ抑えて、相手の立場に立って考えてみることです。悪いのは上司のほうだと決めつけずに、「本当にそうなのだろうか。もしかしたら、自分のほうにも衝突する原因があるのかもしれない」と考えてみる。

人間関係の中では、一方的にどちらかが悪いということは稀だからです。ほとんどの場合はお互い様で世の中はできています。お釈迦様が教えるのは、この「お互い様」の心なのです。

【枡野俊明(ますの・しゅんみょう)】
曹洞宗徳雄山建功寺住職、庭園デザイナー、多摩美術大学名誉教授

1953年神奈川県生まれ。大学卒業後、大本山總持寺で修行。「禅の庭」の創作活動により、国内外から高い評価を得る。芸術選奨文部大臣新人賞を庭園デザイナーとして初受賞。ドイツ連邦共和国功労勲章功労十字小綬章を受章。2006年には『ニューズウィーク』日本版にて、「世界が尊敬する日本人100人」に選出される。庭園デザイナーとしての主な作品に、カナダ大使館庭園、セルリアンタワー東急ホテル日本庭園など。