檀家を多く抱えた寺にはできない寄り添い方

柴田さんは、企業人時代に培った発想力、行動力で開眼寺をみるみる再生していきます。退職金などを元手に、あばらや同然であった開眼寺をリフォーム。坐禅堂や、宿泊設備を整えました。

そして、柴田さんが目をつけたのが、寺を企業研修の場として開放し、働く人に寄りそうことでした。そこでは企業に入社した新人や、管理職が開眼寺に集い、座禅で自分と向き合い、「働く意味」などを問い直します。

これまで、柴田さんが在籍した横河電機や、総合商社の双日、地元長野の企業、公立学校に赴任した教師の研修など大勢が柴田さんの元で研修を行いました。

「檀家を多く抱えた寺なら、檀家の目を気にしてしまい、こういうチャレンジはできなかったでしょうね」

さらに柴田さんがスゴいのが「自分に続け」と、リタイア組の出家者を増やすべく、宗門に働きかけていったことです。そして、柴田さんの立案に臨済宗妙心寺派も応じ、「第二の人生プロジェクト」が2013年に立ち上がりました。

「第二の人生プロジェクト」とは、リタイア組に対し、広く門戸を開き、住職になるべく宗門を挙げて出家を支援していく仕組みのことです。

花園大学の佐々木教授は言います。 

「現代社会で本式に出家することは、とても難しいことです。しかし、社会人として定年まで全うし、人生を駆け抜けると、出家したのと同じ状態になる。

つまり、シニアは地位や収入を、すでにある程度手に入れてしまっているので、その後の人生において我欲を求める必要があまりない。そのうえ、日本のサラリーマンは社会保障が充実しているので、老後の出家が十分可能です。

そういう意味では、人生の後半戦、第二の人生として出家し、仏門に入るというのは、理に適っていると言えます」


ハードルを下げた修行メニュー

しかし、日本の仏教教団の多くは、お釈迦さまの時代のように「誰でも出家できる」(※借金を抱えていたり、病気の者は例外的に出家できなかったといいます)わけではありません。

先に述べたように、そもそも古代インドでは、出家者には広く門戸が開かれていました。年齢制限もなく、また、修行メニューもその人の体力や能力に合わせて、できる範囲で行えばよかったのです。

一方で、日本の仏教の修行内容は、老若男女を問わず一律であるのが通例です。道場では「高齢で膝が悪いから、座禅や正座の時間を短くしてあげよう」などという配慮はほとんどありません。

厳しい規律を守りながら、仏教学を学び、作法などを体得していかねばならないのです。修行中は束縛そのものであり、精神的にまいって、途中で断念する修行僧も少なくないです。

しかし、臨済宗妙心寺派の「第二の人生プロジェクト」ではリタイア組(60歳以上)を想定し、ハードルを下げた修行メニューを用意しました。体調を損なわないよう休憩も多めに設定し、家族との面会もできる。携帯電話やパソコンも部屋にいる時に限って許可をするといいます。

そうして、この5年間で「柴田さんに続け」と、出家(得度)した人が67人も出てきました。うち22人がすでに僧籍を得て寺に入り、6人が住職に就任しています。ほとんどが定年後出家した人です。

「私のように第二の人生において、寺に入ってもいいという人が増えていけば、無住の寺を再生することができます。また、その方にとっても充実した老後が送れるはずです。今の時代には広く人材を集めることが仏教界に求められています」(柴田さん)

実は柴田さんは2019年春、自坊のある長野県千曲市を離れて京都に移住されました。近い将来、「第二の人生プロジェクト」に応募して僧侶になった後継者に、正式に開眼寺住職の座を譲られるということです。開眼寺は柴田さんが私財を投じ、苦労して再生した寺でした。しかし、あっさりと寺を手放すというのです。

柴田さんはあっけらかんとして、こう私に言いました。
「開眼寺には愛着はありますが、自分の寺という認識はありません。寺は私の所有物ではないですから。ビジネスライクに考えれば、ひとつのつぶれかかったお寺を再生し、次の人にバトンを渡す。ただそれだけです。一般企業でも同じことでしょ」