AIと人類の未来

今まで人の知性は神聖な領域として扱われてきました。哲学者の一部は、知性や意志は他の生物にはなく人類だけが持つと表現してきました。しかし、科学の進歩にともない、人の最後の砦だと思われた脳の領域もテクノロジーが扱えるようになりつつあります。

AIが全人類の知性の総和を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)は2045年だと言われています。人はその優れた知性をもって様々な発明をしてきて、ついには地球上のヒエラルキーの頂点に君臨してきました。

ただ、今後はAIが人類の知性をうわまわるため、人はAIに支配されることになる、ということが暗に示されています。

一方で、ディープラーニングやニューラルネットワークと呼ばれるAIを本格的に学んでいる人から聞くと、どうもこれらが人間の脳が持つ機能全体をカバーするようには思えないと言います。人類が脳の構造を再現するのには、もっと長い月日がかかるのかもしれません。

さて、我々は未来もテクノロジーの舵をにぎり続けることができるのでしょうか。それともテクノロジーが進みブラックボックスと化して、重要な政策判断をAIにゆだねるような世界になるのでしょうか。


誰も取り残さない社会とは

本書を読み解いていくと、著者が指揮する取り組みの底流には、人の多様性を尊重しようという思想が表れているようです。AIやテクノロジーに対してすらも、多様性の一種として中に入れられているような表現もあって、人とテクノロジーの共存・共栄の関係を見出されています。

著者はその関係の先に、誰も取り残さない社会を夢見ています。AIやテクノロジーのことがわかる人だけが豊かになるのではなく、全ての人にテクノロジーの恩恵が及ぶような社会をイメージしています。

人はテクノロジーと競争せずに、人がより良く生きていくために、テクノロジーの強みを主体的に活かしていくのだという強い意志も感じます。

本書は全体として台湾の取り組みを通じて、著者の思想に触れられる構成になっています。多様な人や社会的な弱者をも統合するためにテクノロジーを活用するということを言うこと自体は簡単かもしれませんが、著者はそれを少しずつ実装しているのが特筆すべきことだと思います。

テクノロジーの進化に対して、このような主体的な姿勢で向き合う姿に、人類の希望を託したくなる本ではないでしょうか。