放送作家、タレント、演芸評論家で立川流の「立川藤志楼」として高座にもあがる高田文夫氏が『週刊ポスト』で連載するエッセイ「笑刊ポスト」。今回は、一人語りを芸に昇華、2009年から「かたりの世界」と題して舞台公演を続ける芸人で俳優の山田雅人との出会いとその芸についてお送りする。

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 昔、そう30年位前の話か。山田雅人と森脇健児は大阪ではアイドルのようなスターだった。レギュラー番組も沢山持ち、球場でコンサートをやれば女の子がつめかけた。吉本が今のような隆盛を誇る前の松竹芸能の“森脇・山田”である。

 この流れが今の“ますだおかだ”につながっていると勝手に思う。俳優でもそこそこ売れたが、一念発起して東京へ出てきて勝手に私の門を叩いてきた。25年位前か、私も血気盛んで、談志師匠からも「東京の演芸を仕切ってくれ」などと言われていたので「関東高田組」を結成し、まったく無名時代の春風亭昇太、立川談春、志らく、浅草キッド、松村邦洋、江頭2:50、出川哲朗らの中へ山田も放り込み、ライブなどで競わせた。

「落語」でも「漫談」でも「ひとり芝居」でもないあの流ちょうな喋りを生かせるものはないものかと考え、マイク一本スポットライトのみの「かたり」という「芸」をふたりであみ出した。野球が大好きだった私は、昭和33年の巨人対西鉄の日本シリーズ3連敗からの4連勝、長嶋対稲尾の対決をキッチリ取材して語ってくれないかとお願いした。

 目をとじて聞けば10歳の時の興奮がよみがえってくる。これだ。根っからのスポーツと芸能好きな山田は一話作るのに徹底的に話をきいて回り“取材する話芸家”となっていった。ファンもジワリジワリと増えていった。その取材力、記憶力、よどみない喋りを初めてきいた談志は「いいです。その喋り、競馬の実況をうちのセガレにも弟子にも教えてやってくれ」と言った。

「長嶋天覧試合本塁打」、「江川対掛布物語」、広島の「津田恒美物語」も十七回忌の時に作って口演した。得意とする芸能畑も「藤山寛美物語」、「永六輔物語」などが印象深い。

 さぁそこで私はまたひとつ課題を出してみた。爆笑問題の太田光という創造者も魅力的なのだが、その父のエピソードがなんとも愉快でユニークなのだ。

 頭でっかちの下らねぇ評論家と違って物を産み出す職人であり芸術家なのだ(私も太田も芸術学部)。そうこうしている内に数か月前NHKの『ファミリーヒストリー』で太田の父と母が取りあげられ、そのDNAの素晴しさに感動。あの両親から産まれた東京漫才の雄なのだ。

 いま山田はウラ取材を重ね「太田光物語」を一気に語りおろす。5月1日(金)。爆問の事務所は阿佐ヶ谷なので、太田のホーム「座・高円寺2」で開催。太田も私も松村邦洋も出演。3月27日(金)前売開始。

■イラスト/佐野文二郎

※週刊ポスト2020年3月20日号