複数女性との不倫が報じられたアンジャッシュ・渡部建(47)へのバッシングが止まらない。不倫した人物がネット上で叩かれ続けるのはおなじみの光景になったが、渡部にも「死ね」などといった誹謗中傷が多数投稿されている。

 こうしたことから、恋愛リアリティーショー『テラスハウス』に出演していたプロレスラー・木村花さんが、SNSでの誹謗中傷に苦しんだ末に亡くなった時のことを引き合いに出す声も多い。

 当時、木村さんの死を悼み、誹謗中傷することを嘆いていたような人が渡部には苛烈な誹謗中傷をしている、という主旨の指摘をしたツイッターユーザー「アナ吉」氏のツイートには20万の「いいね」がついた。

 同氏に対しては、「渡部は非難されるべきことをした」といった反論が寄せられているが、氏は非難と「死ね」などの誹謗中傷は別であると説明する。ただし、木村さんと渡部の件はまったく別と考えるべき、と考える意見も多数。その際の根拠は、大別すると以下のとおりだ。

【1】不倫をした渡部は絶対悪。叩かれるべきである。
【2】渡部は様々な人を不幸にし、迷惑をかけたが、木村さんはそうではない。
【3】木村さんは「コスチュームを勝手に洗った同居人に激しい口調で責めただけであり、その程度で誹謗中傷を書く人の方が悪い。今回渡部に誹謗中傷をする人間には“正義”がある。

 そもそも「誹謗中傷はよくない」という話だったにもかかわらず、今回の事件を受け、自然に「誹謗中傷をしていい相手・よくない相手」という分類がされているのだ。

 では、果たして「正しい(されて然るべき)誹謗中傷」というものはあり得るのか? 長年ネット上の誹謗中傷を見続けてきた、ネットニュース編集者の中川淳一郎氏はこう語る。

「結局、絶対的な『正義』なんてものはない。その時々の感情に応じて、個々人が『正義』か『不正義』かをジャッジしている“一億総裁判官”“一億総閻魔大王”みたいな状態になっています。木村さんの件では『あんなに同居人を責めないでもいいのに!』と思った人たちが、木村さんを攻撃した。

 渡部の件では、『不倫はいけない!』と考えた人が渡部を攻撃した。その時々の『正義』により、叩く対象は変わってくるわけです。どちらがより悪らかは、個々人の判断に委ねられている。

 つまるところ、そこにはロジックなんてないんです。だから、基本的には『誹謗中傷は良くない』ということを認識しつつも、自分の中の正義感次第で『これはしても良い誹謗中傷』というルールを作ってしまっている」

 だからこそネット上ではダブルスタンダードが指摘されるわけだが、中川氏は、そのツッコミを受けた際、ロジカルに反論するのは難しいと述べる。

「それぞれが勝手に作った『正しい誹謗中傷像』が、万人が納得するものであるわけがない。だとしたら、何か言いたいときの作法としてあり得るのは、『私は許せない』『私はイヤだ』など、あくまでも自分の感情を出すことだけではないでしょうか」

 結局「正しい誹謗中傷」は、個々の「独自ルール」によって作られているということ。「正しさ」を議論するのは不毛ということかもしれない。