音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、有料とはいえ配信というオープンな形式で異色の噺を選んだ「春風亭百栄独演会」についてお届けする。

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 5月に引き続き、6月も僕は連日オンライン配信の落語会を視聴していた。これが可能になったのは「道楽亭ネット寄席」が始まったことが大きい。新宿二丁目の道楽亭は50人も入れば超満員の小さなイベントスペースで、2010年にオープンして以来ほぼ毎日落語を中心とする演芸ライヴを開催してきた。

 4月から休業していた道楽亭が無観客有料配信の「第1回道楽亭ネット寄席 三遊亭天どん独演会」を行なったのは5月9日のこと。以降16日「三遊亭遊雀独演会」、17日「古今亭文菊独演会」、18日「蜃気楼龍玉独演会」と続き、すべて視聴した。

 次に観たのが21日の「春風亭百栄独演会」。この日、百栄は『浮世根問』『寿司屋水滸伝』『鼻ほしい』『露出さん』の4席を演じた。

 百栄の『浮世根問』は隠居のノリツッコミが可笑しい。『寿司屋水滸伝』は柳家喬太郎作品を独自にアレンジ、完全に自分のものにしている。『鼻ほしい』は廓遊びで鼻が欠けた浪人の噺で、古典だが現代の感覚だと差別的に聞こえるためか、今は百栄ぐらいしか演らない。

 嬉しかったのは『露出さん』を演ってくれたこと。夕暮れ時の街角でいきなり娘たちの前に現われコートの前をはだけて裸体を見せつける露出狂生活を25年間毎日続けている男が、すっかり町に馴染んでしまって今ではむしろ人気者、という噺。今や巡査もこの「露出さん」をノラ犬ならぬ「ノラ人間」として放置している。

「もうそろそろ潮時か」と引退を決意し、「やめちゃうの? 寂しいな」と言う女の子を相手に「見せじまい」するラストには仄かな感動すら漂う。変態なのに人情噺という傑作だ。有料とはいえ配信というオープンな形式でこの噺を選んだところに百栄の心意気を見た。

 百栄は6月11日にも「道楽亭ネット寄席」で『桃太郎』『お血脈』『ホームランの約束』『リアクションの家元』の4席を演じた。病床の少年を見舞ったプロ野球選手が「球団の命令でイヤイヤ来た」と言い放つ『ホームランの約束』は「ゲスな人間を演じたら日本一」な百栄の個性を堪能できる逸品。リアクション芸を日本舞踊の如く稽古する『リアクションの家元』は設定自体がバカバカしくて素敵だが、会話が京都弁なのがミソ。家元の「でけました!」「あかんな」等の可笑しさがこの噺を特別なものにしている。

 これは前回と同じく配信のみだったが、この時期から道楽亭は最大18名の観客を入れつつ同時配信する落語会も織り交ぜるようになった。このハイブリッドな方式はコロナ後もビジネスモデルとして残りそうだ。

●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。

※週刊ポスト2020年7月31日・8月7日号