9月27日に突然飛び込んできた竹内結子さん(享年40)の訃報。彼女を知る関係者によれば、竹内さんは気遣いと心配りを欠かさない心優しさを持った女性だったという。そんな性格の発端は、幼少期に周囲の顔色をうかがい続けてきたことにあるかもしれない──。

 父親は厳しく、言うことを聞かないと鉄拳制裁をも辞さない人だった。父親の仕事の関係で、小中学校時代は埼玉県内の学校を転々とし、心を通わせる友達をつくれなかった。この頃、誰よりも竹内さんをかわいがったのが県内に住む母方の祖母だ。

「おばあちゃんは3姉妹の末っ子だった結子ちゃんをとてもかわいがっていました。結子ちゃんも学校から自宅に帰るとそのままランドセルを置いて、生け花の先生をしていたおばあちゃんの家に行き、ご飯まで食べて帰る毎日でした。おばあちゃんは結子ちゃんが芸能界入りしてからも、ずっと応援し続けていました」(竹内家の知人)

 中学時代には、大きな試練に見舞われた。母親にがんが見つかり、竹内さんらの必死の看病も実らず、39才の若さで他界したのだ。このとき、竹内さんはまだ14才だった。母の死の翌年、竹内さんをさらなる衝撃が襲った。

「父親が再婚したんです。しかも再婚相手には男の子ばかり3人の連れ子がいて、3姉妹の末っ子の結子ちゃんは、いきなり6人きょうだいになりました。ただでさえお母さんを亡くした喪失感でいっぱいだったところに、家庭環境の大きな変化が加わって、彼女はますます自分の家に寄りつけなくなった。この頃、結子ちゃんはいっそう孤立を深めていったはずです」(前出・竹内家の知人)

 そんな彼女の心の拠りどころとなったのが芸能界だ。母の死後、竹内さんはスカウトされて芸能界に入った。仕事において少しのミスも許さなかった彼女の姿勢の背景には、「ここしか自分の生きる場所はない」という悲壮な決意があったのだろう。その後、竹内さんは必死の努力でトップ女優の地位を築いた。2005年に25才で中村獅童(48才)と結婚。だが結婚生活は長く続かず、3年後の2008年に破局を迎えた。

「結子ちゃんは幸せな家庭を築きたいと強く願っていましたが、獅童さんの女性問題もあって願いがかなわず、“やはり私に幸せな家庭は無理なのか”とひどく落ち込みました。夫婦関係が冷え込むなかで、傷心の彼女が居場所を求めたのは、実の家族でした」(前出・竹内家の知人)

 その頃の彼女は、家族をひとつにしようと必死だったという。複雑な家庭環境を受け入れ、向き合おうとしていたのかもしれない。離婚の前年には個人事務所の取締役に、父親が名を連ねた。さらに離婚の翌年、竹内さんは都内にマンションを購入した。

「そのマンションには、お姉さん夫婦が住むようになりました。もともとここは結子ちゃんがキャッシュで購入したもの。離婚直後は一時的に彼女と長男も一緒に住んでいたこともありましたが、最初から姉夫婦にプレゼントするつもりだったようにも思えます。結子ちゃんは同じマンションの別の部屋を賃貸契約して住んでいましたから……。

 それに、シングルマザーになった竹内さんは母としても完璧であろうとしていました。どれだけ忙しくても長男の食事は手づくりして、レシピの載ったスマホと台本を交互に見ては料理とせりふ覚えを進め、長男の学校のPTAにも積極的に参加していた。仕事場では平然を装っていました」(芸能関係者)
 
 2019年2月には事務所の後輩である中林大樹(35才)と再婚した。トップ女優と若手俳優のゴールインは「格差婚」と揶揄されたが、竹内さんにとっては大切な相手だった。

「中林くんは性格がよく、とにかくポジティブ。一方の竹内さんは強い女性のように見えてすごく繊細で、自分にあまり自信がない人です。最初の結婚で夫に浮気され、主演ドラマではなかなかヒットに恵まれず落ち込みがちだった彼女は、“結子の演技には、人の心に残る魅力がある”と言う中林くんの励ましで、なんとか心のバランスを保っていたようです」(別の芸能関係者)

 再婚後、竹内さんは都内の高級住宅地にある広大な賃貸マンションに引っ越した。200万円近い家賃の大半を彼女が負担していたとみられる。「今度こそ幸せな家庭を築く。そのためにはもっと頑張らないと」と気持ちを奮い立たせた。

 一方で家族間の軋轢が生まれていた。竹内さんが最も慕い、頼りにしていた実母方の祖母と、父親の関係が悪化したのだ。

「おばあちゃんの資産をめぐって、結子ちゃんの父親と実母方の親戚にトラブルが生じたんです。問題がこじれて父親と親族はほぼ絶縁状態になり、結子ちゃんもおばあちゃんに会いにくくなっていました。昨年末におばあちゃんが体調を崩した際、身重だった結子ちゃんが見舞いに訪れたのが、2人の最後の対面です。大好きなおばあちゃんと疎遠になったことも、彼女の心に暗い影を投げかけたはずです」(別の竹内家の知人)

 竹内さんにとって家族は憧れで、何よりも大切な存在でありながら、どこまでも重いものでもあった。

「個人事務所の役員である父、自分を精神的に支えてくれた姉夫婦、そして実母亡き後、誰よりも自分をかわいがってくれた愛慕の人である祖母。自分がそんな家族を支えたい、支えなければという思いが強すぎたからこそうまくいかない。時折、自分が背負っているものを“重い……”ともらすこともあったようです」(前出・竹内家の知人)

 竹内さんの死後も、家族の溝は埋まっていない。

「90才を超えたおばあちゃんは判断力が低下しており、まだ結子ちゃんの死を知らされていません。彼女が亡くなってから、実母方の親戚が“最後にお別れだけさせてほしい”と家族葬への参加を頼んでも、先方から“家族だけの密葬にするので、会わせられない。おばあさんにもそう伝えておいて”と参列を拒否されたそうです。おばあちゃんが結子ちゃんの死を知らないことは不幸中の幸いかもしれません……それは不憫でもありますが」(前出・竹内家の知人)

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※女性セブン2020年10月22日号