1951年、正月のラジオ番組としてスタートした『NHK紅白歌合戦』は、1953年からテレビ中継が始まり、大晦日に定着。最盛期には視聴率80%を超える国民的番組として数々の名場面を生んできた。過去70回の放送で歌われた曲数はのべ3500以上。それらの楽曲について、作曲家別に「紅白で歌われた回数」をランキング化した(*)。

(*/【集計方法】編集部調べ。民謡、俗曲、洋楽のカバー曲は除外した。メドレーの全曲、作曲家の別名義の作品、他の作曲家との共同作品も含んで集計。1984年、紅白史上初のアンコールで歌われた都はるみの『好きになった人』含む)

 その結果、歌われた回数も、曲数も、歴代1位の作曲家は弦哲也であることが判明した。

 1981年の『ふたり酒』以来、ほぼ毎年提供曲が歌唱されている。『天城越え』『二輪草』など、紅白で繰り返し歌われている定番曲を複数手がけていることが要因だろう。

 以下3位までは回数も曲数も同じ顔ぶれで、第2位は10月に訃報が届いた筒美京平。1967年の弘田三枝子『渚のうわさ』から2017年のTOKIO『AMBITIOUS JAPAN!』まで、半世紀にわたって大晦日の舞台を彩ってきた。演歌系の作曲家が上位を占める中、「ポップスの巨匠」の名に違わぬ活躍ぶりだ。

 第3位は吉田正。国民栄誉賞を受賞した都会調歌謡の第一人者で『有楽町で逢いましょう』や『いつでも夢を』など、戦後を代表する楽曲を数多く生み出してきた。4位以降もやはり国民栄誉賞を授与された遠藤実や、都はるみが師と仰ぐ市川昭介など、歌謡界を牽引した大御所の名前が並ぶ。

 年代別では、紅白黎明期の1950年代は今年の朝ドラ『エール』のモデルとなった古関裕而や古賀政男など、戦前から活躍する作曲家がランクイン。1960年代以降はジャズやロックの影響を受けたポップス系の作曲家が台頭し、宮川泰、中村八大、筒美、都倉俊一、平尾昌晃らが覇を競う。

 時代が平成に移った1990年代以降は「プロデューサー」の肩書きを持つ小室哲哉、つんく♂、中田ヤスタカらが活躍。変化の激しい音楽シーンで、長期間上位に名を連ねる三木たかしや馬飼野康二は特筆すべき存在といえるだろう。(敬称略)

※週刊ポスト2021年1月1・8日号