ドラマが社会を映す鏡だと考えれば、ある程度納得できる傾向なのかもしれない。ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が指摘した。

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 いよいよ年の瀬。今年を振り返ると、「秋ドラマの最終回にガッカリさせられた」という声をいくつも耳にしました。たしかに各放送局の複数ドラマの終盤に奇妙な共通点が見られたのです。一言でいえば「ハッピーエンド落ち」という、ちょっと安直にも思えるような幕切れでした。

◆『35歳の少女』(日本テレビ系)

 事故による記憶喪失、離婚、ひきこもり、いじめ…シビアなエピソードを積み重ねた異色のドラマ。なるほど脚本担当は遊川和彦氏、途中までは「見るとウツになる」とまで噂された個性的な作風でしたが、しかし最後になっていきなりのお花畑的展開にはびっくり。

 重篤な状態で病院のベッドに横たわった母・多恵(鈴木保奈美)に、娘・望美(柴咲コウ)と妹・愛美(橋本愛)が「トンボのメガネは水色メガネ〜」と童謡を口ずさむ。すると母は目をさまし娘たちと和解。

 最終回、望美は子どもの時から夢だったアナウンサーになれることに。妹・愛美もグラフィックデザイナーに。一方、父・進次(田中哲司)はひきこもりの息子の達也(竜星涼)とわかりあい再婚先家庭も円満になり、こちらも夢だった一級建築士を目指す。また、先生になった結人(坂口健太郎)はイジメ問題の解決の糸口をつけることができ……次々に登場人物たちがハッピーになっていきました。

 遊川和彦氏はいつもクセのある脚本を書くだけに、唐突なハッピーエンドを受け止めきれず、あっけにとられた視聴者も多かったのではないでしょうか? 中には、幸せな結末を素直に受け取るより、「意図的に設定してあったオチで、実は全てが望美の夢の中だった」など裏読みする人も。あるいは主題歌のタイトルが「三文小説」だったため、そもそも三文小説的なドラマを目指していた、という深掘り説(?)までが見聞されました。

◆『姉ちゃんの恋人』(フジテレビ系)

 路上で暴漢にレイプされた元カノ・香里(小林涼子)が、事件後に「被害は無かった」と証言したせいで、彼女を守ろうとした真人(林遣都)は傷害犯として服役することに。

 消せない深い心の傷となっていた真人だが、久しぶりに元カノに出会って近況を話すうち、問題はするすると解消し、元カノも「幸せになります」と微笑む。あまりに重たいトラウマのはずだったエピソードが一気に解決していくとは……。

 しかも、その後真人と恋人・桃子(有村架純)が路上でいきなり暴漢にからまれ殴られる。突然襲ってくる不幸(暴行)をご都合主義的に挿入し、二度も同じパターンを使い、二度目は「真人は桃子を守ることができた」というオチ。

 これでは元カノのレイプ事件すら、ちょっと波風を立たせるための「小道具」に使っているようにさえ見えてしまう。まさかベテラン脚本家・岡田恵和氏のオリジナルだったが……。最終回、真人と桃子はクリスマスツリーの前でキスとハッピーエンドで幕。

◆ 『恋する母たち』(TBS系)

 杏(木村佳乃)と斉木(小泉孝太郎)のカップルは再婚−離婚とすったもんだしたあげく、「建築関係の仕事を一緒にやっていく」良きパートナーとなり一件落着。そんな解決方法があるのなら、こうもグダクダしなくてよかったのに。

 一方、キャリアウーマンの優子(吉田羊)の恋愛も、赤坂(磯村勇斗)が結婚式場から抜け出しタキシード姿のまま駆けつけて、二人は抱き合ってハッピーエンド。これって映画『卒業』の焼き直し? 結婚相手を式場に置き去りにできるくらいなら人間関係の葛藤なんてそもそも存在しない?

 コロナ禍、政治のリーダーシップに深い失望感が漂い、先が見えない不安に包まれている日本。だから「ドラマくらいはハッピーエンドで終わらなくては」「肯定的なトーンで締めくくらなくては」という、ある種の強迫観念が各局の制作サイドを襲ったのか。「スカッとしない結末や複雑な幕引きは、今の状況下で視聴者にウケない」と揃って判断したのでしょうか? もしそうであればみな似たような結末になってしまうのは自然なこと。

 変化していく状況に振り回されず作品性を保つためには、走り出す前に構成をしっかりと固めて着地を練り上げておくことがいかに大事か。そう、ドラマにも「エクジットストラテジー/出口戦略が大事である」ということを浮き彫りにしたのが、コロナの年の12月だったのかもしれません。