成功体験は良い意味でも悪い意味でも製作者を縛る。逆に、新たに挑戦する陣営にとってみればそう言った物差しがないことが功を奏することもある。ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が指摘した。

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 一般ウケを意識しすぎず、キラリと光る個性的な表現を追求できるのが深夜ドラマ。中でもテレビ東京は秀作を世に放ってきました。直近を振り返ると『デザイナー 渋井直人の休日』『きのう何食べた?』(共に2019年)、『捨ててよ、安達さん。』(2020年)といくつもオススメ作品があります。

 それぞれが個性的な世界でしたが、共通する魅力があるとすれば……そのドラマの中にしかない独特な空気感が漂っていること。ドラマが始まったとたん、視聴者を別の世界へと連れていってくれること。作品の独自のトーンにどっぷりと浸かってひとときを過ごせる点ではないでしょうか?

 さて、ドラマ世界に入りこむ、という娯楽的至福でいえば、今テレ東が放送しているオリジナルドラマ『アノニマス〜警視庁”指殺人”対策室〜』(月曜午後10時)もそう。

 ただし放送時間は深夜帯ではありません。「午後10時」というプライム枠であり、かつメジャーな人気者を主役に据えています。これまでテレ東が深夜帯で着々と培ってきた演出力やこだわりのある作品作りの力を、プライムタイムに放出している、という印象を受けます。

 このドラマ『アノニマス』は毎回、顔の見えない犯罪者=アノニマスを捜査し犯人をつきとめていくオムニバス的クライム・サスペンス。タイトルの「アノニマス」は「匿名」の意味で、物語の舞台は警視庁SNS専門の指殺人対策室。「指殺人」とはキーボードによる殺人を意味しネット上での中傷をテーマにしています。

 主人公・元警視庁捜査一課刑事の万丞渉(ばんじょう・わたる)を演じているのがSMAP解散以降、初の地上波ドラマ主演となる香取慎吾さん。何よりも特徴的なのが、主人公の人物造形でしょう。

 しゃべらない、笑わない、動かない−−三拍子揃っていて万丞の独特の魅力となっています。セリフは限られていて語らないシーンも多いのですが、黙っている時でも奥歯を噛みしめている。それが皮膚のかすかな動きからはっきりと伝わってくる。「万丞の感情が動いている」ことが、手にとるようにわかるのです。

 その万丞という人、いつも釣り堀で「釣り」をしていて、「地図」「手帳」「ペン」にこだわる。アナログアイテム揃いもキャラクターの個性として効いています。

 万丞は過去の出来事によって第一線から外された一匹狼で心に傷を抱えています。どうやら「釣り」と過去とが関係あるらしい。巧妙に伏線が張られていて断片的な映像が挿入されますが、全貌は明かされていません。

 その他「指殺人対策室」には、出世から脱落した個性的なメンバーが揃っています。

 万丞をサポートする碓氷咲良役に、グラビアアイドル出身の関水渚。勢いが良くて前のめりな若き巡査部長としていい味を出しています。また、情報収集と特定を得意とする鬼女的巡査部長・菅沼凛々子役にMEGUMI、万丞の元相棒で過去にからむ倉木セナ役に映画『新聞記者』で主演女優賞を総なめにしたシム・ウンギョン、万丞のライバル役には山本耕史とツワモノ揃い。

 そのメンバーたちがこのドラマにしかない雰囲気や匂いを作り出していくのですが、もう一つヒントがあります。それが、カメラワーク&ライティングによる独特な映像です。

 例えば……常にゆっくりと動き続けているカメラ。人物に近づいたり回り込んだり、180度移動したり。ドラマを見ている視聴者はどこか不安定な気分になり、ノンキに構えてはいられなくなる。あるいは一人の人物の顔に当てられていた焦点が、ふっと別の人物へ焦点移動していったり、望遠レンズによるボケ味を活用したり。

 照明もエッジが効いていて陰翳を印象的に演出していく。物語の筋とはまた別のところで凝った表現があり、それが視聴者の無意識に働きかけスリルと臨場感を掻き立てる仕掛けとなっています。

 視聴率こそ二桁には届きませんが、愛される個性的な作品となれば、視聴率という数字とはまた別の評価を手にでき、放送後も動画配信やDVDなどコンテンツとして生き続けることができる時代。ドラマ作品にとっても役者にとっても幸せなことでしょう。

 テレビ東京に限らず、各局から丁寧に作り込まれ、こだわりのある個性的秀作ドラマが生まれ続けてくれることを願っています。