《表現者として志高く歩んでいきたいと思っております》。森田とりえは結婚した際、連名でそう喜びのコメントを出した。その宣言がようやく実を結んだということか。森田はアイドルを卒業し、役者として生きることを選んだ。その決断の裏には彼女の存在があった。

 埼玉県郊外のある街。幹線道路から一筋入ると、新興住宅地が広がる。その一角に、築20年ほどの2階建ての一戸建てがある。3月12日に、V6の解散とジャニーズ事務所からの退所を発表した森田剛(42才)の実家だ。近隣住民が言う。

「発表の数日前に、めったに見ない高級外車が家の前に止まっていました。いま思うと、森田さんがお母さんにいろいろな報告をするために家族で来ていたんでしょう。奥さんの宮沢りえさん(47才)は結婚の挨拶などの節目には実家に来ていますし、お義母さんとも仲がいいと聞いていますから、先日も一緒だったでしょうね」

 森田は共に歩んだ5人と別々の道を歩む決意をした。その決断を後押ししたのは、妻・りえだった。

解散話が漏れる心配は無かった

 その発表は突然だったが、わずかな予兆があったという。

「退所が報じられる2週間ほど前、森田さんがある舞台に出演することが決まったと聞きました。このところ、舞台のオファーはずっと断っていたのに、なぜ今回は受けたのか不思議に思いましたが、発表を聞いて納得しました」(芸能関係者)

 V6は結成から丸26年の今年11月1日に解散する。メンバー全員が40代になり、それぞれが今後の人生を考えた結果だという。話し合いは2019年春から始まった。

「切り出したのは剛さんでした。『これからの人生、事務所を離れた環境で役者としてチャレンジしたい』とメンバーに伝えたそうです」(音楽業界関係者)

 それから何度となく話し合いの場が持たれた。

「役者の道を究めたいのはわかるが、なぜV6のままではいけないのか、事務所を出なければいけないのか、当然、メンバーにもスタッフにも疑問が浮かびました。たとえば岡田准一さん(40才)だって日本アカデミー賞最優秀主演男優賞をとったほど、役者として高い評価を受けています。解散しなくても、俳優としてやっていく道はあったはずです」(前出・音楽業界関係者)

 森田はどちらかというと寡黙な方だ。自分の意見を押し通すというより、メンバーが決めたことについていくタイプだったという。

「だからこそ、剛さんが『事務所を離れたい』と言い出したとき、周囲は『やっぱりそうだったか』と合点がいったところもあったそうです。剛さんは、りえさんと交際を始めてから、徐々に変わってきた。『自由でありたい』と口にすることが多くなり、メンバーも剛さんの変化には気づいていた。2019年春、剛さんが独立話を持ち出したとき、りえさんの影響を感じる人もいたことでしょう」(前出・音楽業界関係者)

 これだけの有名タレントが独立を考えたとき、その動向が1年もの間、外に漏れなかったのは珍しい。普通なら、独立後もやっていけるかどうか、周囲に広く相談するからだ。森田の場合、近しいスタッフすら公表直前まで知らなかったという。

「それもある意味で当たり前のことでした。メンバーも解散話が漏れることは心配していなかったと思います。剛さんが心を開いて相談するのは、限られた人だけだと、みんなわかってましたから。話が漏れるはずがないんですよ」(前出・音楽業界関係者)

 森田だけがグループから抜けるという選択肢はなかった。メンバーには「この6人でなければV6ではない」という思いが一貫してあった。その決断が事務所へ伝えられたのは2019年末のことだった。

「いま、アイドルとは言いづらいです」

 ジャニーズJr.で人気を二分していた森田と三宅健(41才)の「剛健コンビ」をツートップに、V6がデビューしたのは1995年。1997年にレギュラー番組『学校へ行こう!』(TBS系)がスタートすると、V6の人気は一気に全国的なものになった。しかし、2008年に放送が終わると、6人がテレビで揃うことが減っていった。グループとして、活動の場が少なくなったメンバーは、それぞれ個人の活動に力を入れていくようになる。森田にとって、それは演技だった。

 2005年に劇団☆新感線プロデュースの舞台『荒神〜ArAJinn〜』で初主演を果たすと、2008年の舞台『いのうえ歌舞伎☆號「IZO」』で才能が開花。その後は、演出家の故・蜷川幸雄さん(享年80)にも目をかけられるようになった。

「その経験は大きかったそう。ある程度、演技に自信を持っていた森田さんは蜷川さんに固定観念を覆され、かけられた言葉の一つひとつを覚え、その意味を自分なりに解釈するなど舞台に没頭するようになりました」(舞台関係者)

 その努力と呼応するかのように、森田の演技に磨きがかかる。2016年の初主演映画『ヒメアノ〜ル』では猟奇的な役柄を好演した。

「R-15指定映画のサイコキラー役で、アイドルがやる役ではありませんでした。しかし森田さんはその役に果敢に挑み、周囲の期待に応えました」(映画関係者)

 当時のインタビューで森田は「職業/アイドル」について聞かれると、《今はちょっと「アイドルです」とは言いづらい部分はありますね。もちろんベースにはあるんですが、ライブのときもスイッチを入れないとなかなかその感覚が出てこない》と語っている。

ファッション、価値観が変化した

 アイドルからの脱却──それはある出会いから一気に加速する。2016年の8月、蜷川さんを追悼する舞台『ビニールの城』で、のちに妻となるりえと初共演を果たす。

「トップアイドルだったりえさんも蜷川さんの薫陶を受け、映画や舞台でその演技力が高く評価されるようになりました。当時、森田さんはりえさんを『一瞬で場の空気を変えられるすごい人』『人として、周りを見る目や接し方が素敵で勉強になる』と尊敬のまなざしで見ていましたね」(前出・舞台関係者)

 ふたりの距離が近づくのに時間はかからなかった。同年10月、熱愛が報じられる。

「ゴルフ練習場で人目もはばからず、キスをしたという報道もありました。森田さんはアイドルで、交際報道自体ご法度でしたが、ふたりは周囲の目を気にせずどこでも手をつなぎ、堂々とデートを重ねてきました。

 りえさんとつきあい始めて森田さんのファッションもガラリと変わりました。これまではスニーカーとジーパンが多かったですが、お揃いのロングコートを着ることもありました。りえさんと親しいスタイリストがやっているショップのアイテムが多く、年上のりえさんがコーディネートしてあげることもあるんでしょうね」(前出・芸能関係者)

 別の芸能関係者が続ける。

「りえさんは結婚、出産、離婚、多くの恋愛と、何にも縛られずに自分の信じた道を歩んできました。その姿が森田さんにとって新鮮で居心地がよかったのかもしれません。森田さんは、りえさんと交際を始めてから明らかに変わりました」

 森田にとってりえは、かけがえのないパートナーであり、また、自身の手で新たな将来を切り開いてきた先輩でもあった。

「りえさんは個人事務所に所属し、出演する作品を自分で選び、ひとりで責任を負って仕事に取り組んでいます。仕事のさまざまな交渉やスポンサーへの挨拶回りも自分ひとりでこなしている。そのセルフプロデュース力は卓越しています。そんな姿を間近に見て、森田さんもそうした働き方に憧れを抱くようになったようです」(テレビ局関係者)

 2018年3月、ふたりは結婚する。

「森田さんは人見知りで、自分のことを人に饒舌に話すタイプではありません。将来についての相談相手も、自ずとりえさんに限られたでしょう。りえさんの価値観は『転ばない人生はつまらない』。失敗を含めて、さまざまなことにチャレンジしていく姿勢が大事という考えです。

 もちろん森田さんには演技を究めるという目標はあるのでしょうが、それだけでは事務所を辞める理由にはなりません。りえさんのように、“自分でリスクをとる代わりに、自由に生きていく”というスタイルに憧れたのでしょう」(前出・舞台関係者)

 実際、森田はりえとの結婚直前、雑誌のインタビューでこう語っている。

《もっと自由な感覚で、自由に演技をしていきたい。四〇は通過点で、五〇までに経験値を積んで、その後は自分の思ったことを何の束縛もなく出せるようになりたい》

「退所後、りえさんの個人事務所に入るのでは、という話が一部出ましたが、森田さんは個人事務所を立ち上げ、ひとりで活動することになりそうです。ただ、当然、りえさんに相談することもあるでしょうし、公私ともに欠かせないパートナーになりました」(前出・芸能関係者)

結婚前に起きた忘れられないトラウマ

 りえの活動にも、森田の“アイドル引退”と退所は少なからず影響はありそうだ。森田との交際以降、“自由な生活”が脅かされたことがあった。結婚前の2017年12月のことだ。

「それまで更新していたインスタグラムを突如、削除したんです。約10万人のフォロワーがいたのに、閉鎖せざるを得なかった。理由は森田さんのファンからのコメントでした」(前出・芸能関係者)

 りえが森田の主演舞台『すべての四月のために』を娘(11才)とともに見に来ていたことが目撃されたことがきっかけだった。りえのインスタには《娘さんと来てた。死にたくなった。〈略〉りえさんが悪いんじゃない。わたしがバカなだけ》《ふざけんな。森田剛はアイドル、そんな人の現場に安易に入り込んでくるとか信じられない》というコメントが殺到した。

「その後、りえさんは2輪の花の写真とともに《不快な思いをさせてしまった方達、ごめんなさいね》とすぐに謝り、インスタを消去。業界からは、“ファンの批判に反論しなかったのはさすが”という好意的な声があがりました。が、本人が忸怩たる思いを抱えていたのは想像に難くありません。森田さんもりえさんに対して申し訳ない気持ちを抱いていたはずです」(前出・テレビ局関係者)

 ジャニーズJr.時代から絶大な人気を誇ったアイドルの森田には、熱狂的といえるファンが多い。一部のファンの暴走とはいえ、りえを傷つけてしまったことは、森田の心に影を落としただろう。

「それはアイドルの宿命みたいなものだと、森田さんもりえさんも理解していたはず。一方で、いずれは平穏な生活のために、アイドル活動に一区切りをつける必要性も感じていた。りえさんにとっては、幾度も身を焦がすような恋愛を経て、ようやく掴んだ“安らげる年下の恋人”。森田さんとの子供がほしいと、一時は妊活もしていたほどです。そんな妻の愛情も、森田さんを新しいステージへと押し上げたのかもしれません」(前出・芸能関係者)

 森田の心の奥底は、25年寄り添ったメンバーたちこそ、よくわかっているはずだ。

※女性セブン2021年4月1日号