映画史・時代劇研究家の春日太一氏による、週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、俳優・村上弘明が、『仮面ライダー』後に味わった挫折と、プロレスを題材にした舞台でつかんだ転機について語った言葉を紹介する。

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 村上弘明は『仮面ライダー』が終了した一九八〇年、『御宿かわせみ』(NHK)に下っ引き役で出演、初の時代劇レギュラーとなった。

「『セリフを江戸弁で』と指示されましたが、どう発音したらいいのかまったく分からない。最初に現場に行ってリハーサルをやった時は、さんざんでした。

 ディレクターに落語家の古今亭志ん朝さんのテープを渡されて、『こういう風に巻き舌でやってくれ』と言われるわけです。でも、そんなのなかなかできるものではありません。それで登場シーンを削ってもらうことになりました。放送は半年間でしたが、出番は少し。あの頃は演技にまるで自信がありませんでした」

 一九八三年にプロレスを題材にした舞台『タンジー』に主演、これが大きな転機となる。

「次の『タンジー』という舞台は、事務所に言われるままオーディションを受けたのですが、合格しました。

 これはレスリングで表現する芝居で、本番の半年くらい前から目黒にある女子プロレスのジムに通って体力をつけたり、プロレス技を身につけたり、本格的な訓練をやりました。飛び蹴りとかボディスラムもマスターしましたね。

 それくらいしっかり稽古していると、セリフも自然に頭に入ってくる。動きもセリフも肌に染みついてくると、緊張しなくなるわけです。

 しかも本番ではお客がドカーンと沸いてくれる。そうなるとこちらも乗ってくる。それで、早めに劇場に入って相手役とアイデアを出し合い、いろいろ試してみるようになりました。すると、さらにお客が盛り上がるんです。

 そうやって試行錯誤していくなかで、初めて演技が楽しいと思えました。自分が表現することによって、お客さんの気持ちが動く。それが直接伝わってくるんです。これは本当に嬉しかったですね」

 八五年の『必殺仕事人V』(朝日放送)から、殺し屋「花屋の政」役で出演。「必殺」シリーズにレギュラーで参加するようになり、人気を博する。

「松竹のプロデューサーが『タンジー』を観に来てたらしいんですよ。それで決まったと聞きました。

 ただ、あの頃は『時代劇は嫌だ』と思ってたんです。岩手の漁師町で育った僕にとって、田舎を強く感じさせるものが演歌と時代劇でした。それにチョンマゲに中剃りも、『あんなものは嫌だ!』とずっと思っていましたから。

 ところが、レギュラーが決まってプロデューサーに会った時、こう言われたんです。

『時代劇をやる必要はない。村上君は現代人が江戸時代にタイムスリップした感じでやればいいから』と。

 それを聞いて、『やったー!』と思いましたね。アクションは『仮面ライダー』でさんざんやってたんで、自信がありましたから。自分の得意分野にめぐりあったという感じがして、すっと『必殺』に入っていくことができました」

【プロフィール】
春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中。

撮影/藤岡雅樹

※週刊ポスト2021年6月11日号