いまやCDが売れない時代となってしまったが、1990年代初頭は日本の音楽業界がまさにバブル期! CDの売上はミリオン突破を連発し、カラオケも全盛だった。そして、今に歌い継がれる名曲もたくさん生まれた。

 そんな1992年3月にリリースされ、大ヒットとなったのが平松愛理『部屋とYシャツと私』だ。この名曲誕生秘話を平松に聞いた。

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『部屋とYシャツと私』は、親友から「私の結婚式で歌って」と頼まれて、「じゃあ、曲を作るわ」って引き受けた曲です。

 当時の私は、結婚相手もいないし、結婚がどんなものかもわからないから、2か月くらいむちゃくちゃリサーチして書きました。結局は、うちの両親の話がもとになったんですけど、1番の飲みすぎて実家に帰る話の部分は、両親の新婚当時の実話です。

 曲が完成して、親友の結婚式当日に初披露したとき、浮気したら「毒入りスープ」という怖い部分は新婦側はうわーって沸いたんですけど、新郎側はドン引き。「なに!? この温度差は!」と思いました(笑い)。

 その後、この曲をアルバムに入れようという話が出たんですが、当初は平松らしくない変わった曲だって意見が多くて、周りから反対されました。

 毒入りスープのくだりもそうですし、それまで3拍子の曲ってあまりなくて珍しかった。しかも、あの頃の曲はだいたい3〜4分だったんですが、この曲は5分10秒と長い。

 それまでのわりと優等生っぽい感じの正統派のシンガーソングライターという線からいくと、この曲はちょっとレアで特別、異質なものだったんじゃないでしょうか。

 それでも絶対アルバムに入れたいと思っていたので、反対されたときはスタジオのお手洗いや非常階段で泣きましたよ。最終的には「やっぱり入れたい」と懇願して、やっと収録してもらえたんですけどね(1990年のサードアルバム『MY DEAR』に収録)。

 そんな感じでレコーディングしたんですが、この曲に対する反響はまったくなし。やっぱり、周りのかたたちが言うように入れなきゃよかった、あの曲を入れて失敗だったと、そのときは思いました。

 ところがその後、有線放送でたくさんのかたがたがリクエストしてくださいました。それがまた次のリクエストを呼んで、気づくとヒットチャートに入っていたんです。

 ノンプロモーションなのに、曲がどんどん独り歩きして、1年3か月後にはシングルカットされることになりました。私の中では、もうなかったことにしようぐらいに思っていたのでびっくり!でした(笑い)。

 私は、アルバムが皆さんのお供にあることをずっと目標にしてきたので、この曲が代表曲と言われるようになるとは思っていなくて。だから、当時は自分の代表曲がこの曲で大丈夫なのかなと、逆に心配になったくらいです(笑い)。

 本当に皆さんのおかげで愛され、ほかのアーティストにもカバーしていただいたりしました。産みの親としては、なんて親孝行な“里子”なんだろうと思っています。

 2019年には、あのときの新婦の30年後を歌った『部屋とYシャツと私〜あれから〜』という曲を出しました。

 あれから30年、私も結婚、離婚、子育てを経験して、人の話もたくさん聞きました。

 歌詞は辛口ですが、最後はやっぱり、愛する“あなた”のためなんです。大きなテーマのラブソングとして完結できたと思います。

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◇2021年年6月より、8か月連続のシングルリリース配信に挑戦中。その第1弾として、Blue Moon(満⽉)に導かれ、癒され、涙した思いを歌詞に込めた楽曲『BLUE MOON』が配信されている。7月14日には第2弾『白夜』を配信。来年1月まで、毎月1曲ずつ新しい曲が配信される予定。

取材・文/北武司

※女性セブン2021年7月29日・8月5日号