昭和の音楽界にその名を刻む作詞家・阿久悠さんと作曲家・筒美京平さん。その二人が多くの楽曲を提供した歌手・岩崎宏美が、阿久さんと筒美さんとの思い出、名曲との出会いについて語った。

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 デビュー曲の『二重唱(デュエット)』(1975年)以来、阿久悠先生には約70曲、筒美京平先生には約80曲も書いていただきました。お二人は歌手・岩崎宏美を作ってくださった恩人です。

 私はオーディション番組『スター誕生!』を経てデビューしましたが、審査員を務めていた阿久先生は無駄に笑わない方。当時は30代後半だったと思いますが、高校生だった私にはすごく大人に見えて怖い印象もありました。でも、その後は詞をいただくたびに「こんなに年が離れているのに、どうして私の気持ちがわかるのかしら」と。『スタ誕』出身で、やはり阿久先生に詞を書いてもらっていた森昌子さんや伊藤咲子さんたちと「先生って、あんな顔して経験豊富なのかもね」という話をしていました。あははは……。

 筒美先生は私が歌手になる前、「この歌、素敵だな」と思って芸能誌の歌本を見ると、決まって“作曲:筒美京平”と表記されていて。ですから、デビュー曲の作曲が筒美先生と聞いた時は、自分はなんて強運なのだろうと思いました。その先生はとてもオシャレで物腰の柔らかい方。

 最初のレコーディングでは「将来、多くの人から高音を褒められるだろうけど、あなたの良さは中低音だから、それを忘れないでね。あとはリズム感がちょっと甘いから、リズムのある曲を聴いて勉強しなさい」と言われました。私はジャクソン5が好きでよく聴いていたので少しショックだったのですが、プロの厳しさを先生から教えられた気がします。

 阿久先生と筒美先生は『想い出の樹の下で』(1977年)まで、8作連続でシングル曲を書いてくださいましたが、2作目の『ロマンス』(1975年)の時はB面の『私たち』と、どちらをA面にするかで意見がわかれたこともありました。筒美先生は「歌詞は16歳の少女が歌うには色っぽすぎるんじゃないか」とおっしゃって『私たち』に1票。阿久先生は「こういう詞でも岩崎くんが歌えば爽やかに聴こえる」とおっしゃって『ロマンス』に1票。最終的には私を含めた関係者の多数決で『ロマンス』がA面となりました。

『ロマンス』はもともとバラードだったらしいのですが、メロディがいいので、アップテンポにしたそうです。キーが高いのでいま歌うのは大変ですが、ファルセット(裏声)を使って、命を削りながら、当時のキーで歌っています。

若い世代にも受け継がれる両巨匠が残した名曲たち

 デビュー当時の私は歌詞のことは深く考えず、リズムに乗り遅れないように歌っていましたが、転機となったのは『思秋期』(1977年/作曲:三木たかし)です。阿久先生の詞が高校を卒業したばかりの私の心情と一致したんですね。泣けて歌えなくなったのはあの時が初めてでした。

 1978年には6作ぶりに阿久先生と筒美先生のコンビが復活して『シンデレラ・ハネムーン』を歌いました。夜遊びしている女の子の歌ですが、いま聴いてもカッコいいディスコサウンド。最近はお笑いコンビのダイノジさんが「音楽配信サービスで岩崎宏美のディスコソングを聴いたら、その凄さがわかる!」とプッシュしてくださっています。

 動画サイトに投稿された昔の映像にも若い人から好意的なコメントが寄せられていますし、私の息子たちもカッコよくて好きだと言ってくれる。そういう歌をお二人に作っていただけたのはありがたいことですよね。

 筒美先生には2枚のアルバムで全曲を作曲していただきましたが、ロサンゼルス録音の『WISH』(1980年)の時は、現地で先生の40歳のお誕生日をお祝いしました。そのアルバムの1曲『WISHES』(作詞:橋本淳)は、先生のピアノと私の歌だけで同時録音した想い出の作品です。

 いつも当たり前のようにレコーディングに立ち会ってくださった両先生ですが、後年、それは特別なことだったと知って、なおのこと感謝の念が強くなりました。

 阿久先生は「こう歌いなさい」とおっしゃることは一度もありませんでしたけれども、お亡くなりになる数か月前、ラジオ番組でご一緒した時に「僕は岩崎宏美をどうやって成人させるか、いつも考えていたんだよ」って。そこまで親身に考えてくださっていたのかと、胸が熱くなりました。

 筒美先生とは10年ほど前、青山のスポーツクラブでお会いしたのが最後です。2019年に先生の曲で構成したカバーアルバムをリリースした時は「宏美さんらしく、丁寧に歌ってくれて心に沁みた。友人にも聴かせたいから、20枚送ってくれる?」というメッセージをいただけたことが嬉しかったですね。

 私も還暦を超えましたが、コロナ禍による自粛期間中に歌への想いが強くなりました。これからも阿久先生・筒美先生の曲を大切に歌い続けていきたいです。

【プロフィール】
岩崎宏美(いわさき・ひろみ)/1958年生まれ、東京都出身。1975年のデビュー以来、『聖母たちのララバイ』(1982年)などヒットを連発。8月は東京・大阪でアコースティックライブを開催する。

取材・文/濱口英樹

※週刊ポスト2021年8月13日号