花田光司氏(元横綱・貴乃花)の長男で靴職人の花田優一氏に、週刊誌記者・西谷格氏が弟子入りし、互いに靴作りの修行中の出来事をレポートする異色の“交換日記”連載企画。互いを「優さん」「西さん」と呼び合い、徐々に距離も縮まってきた2人だが今回は、工房内のスピーカーから突然「歌手」としても活動する優一氏のオリジナルソングが流れてきて……。(別稿で優一氏本人のレポートあり)。

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 正直に申し上げると、本連載は少々グダグダになっていた。工房にはキチンと2週間に一度のペースで通っているのだが、原稿執筆が私(記者)も優一氏もすっかり停滞していたのだ。編集者からもさほどやかましく催促されなかったため、修行記事を溜め込んでしまった。

 記憶はすでに混沌としている。明日はすでに7回目の修行を予定しており、これ以上の溜め込みは許されない。4回目と5回目に印象的だったことを、断片的記憶をつないで列挙してみたい。

 この時期、修行内容は大きく変わらず、皮革の裏面をナイフで薄く削り取る「革スキ」と、木型に太いマスキングテープを貼る「型紙作り」が中心だった。革スキの自主練は相変わらず低調だったが、何度か自宅で練習だけでも、多少は上達するように感じられた。ナイフをしっかり砥石で研ぐのがポイントで、切れ味が鈍いとどんなに集中してもうまくいかない。とはいえ、ナイフの切れ味の良し悪しはイマイチ判断しにくく、まだまだ手探りだ。

 型紙作りは、幅5センチほどのマスキングテープを木型に貼り、カッターで縁取りをしててから剥がし、画用紙に貼り直す。縫いしろや折り返し、土踏まずの位置などを考慮しなくてはならず、なかなか複雑。立体を平面に起こすというのは、厄介な作業なのである。一枚の革を靴の形に成形するというのは、つくづく手間と技術がかかるものだと実感する。

 いつも休憩時に通っている洋食屋でランチを終えたあと、雑談していたら優一氏は不意にこんなことを語り始めた。

「会っていきなり親のこと聞いてきたりとか、失礼なやつもいるんですよ。『お父さんと叔父さんって本当に仲悪いの?』とか聞いてきたり。こっちの気持ちをえぐるようなことを平然と言ってきたりとか、本当やめてほしい」

 週刊誌記者やワイドショーのレポーターが無神経な質問をしてくるのは、100歩譲ってそういう仕事だから仕方ないとしても、仕事やプライベートで知り合ったばかりの人から家庭環境や家族のことをあれこれ聞かれるのは、耐えがたい。そんなようなことを言っていた。

 考えてみれば、初対面の相手が自分の家族構成や親の職業まで知っているというのは、ちょっとイヤなものかもしれない。もちろん、そのお陰でトクをすることも多いはずだが、常にプライバシーを晒した状態で生活するのは、どんな気持ちなんだろうかと優一氏の気持ちを少し想像してみた。親のお陰で有名になれたことは、嬉しいような嬉しくないような、複雑な感情があるのかもしれない。

曲調がどれも似ている理由

 花田優一と言えば、最近は6月にお笑いコンビ「さらば青春の光」のYouTubeチャンネルに出演したことで、歌手としての一面も話題になっている。優一氏が作詞・作曲している歌がどれもこれも曲調が似ていることを逆手に取り、花田優一の曲だけでイントロクイズをするという企画がバズったのだ。後日、花田優一本人が出演し、ぶっつけ本番で自身の曲をカラオケで歌う場面もあった。「イジられることは嫌じゃないのか」と聞いてみたら、優一氏はこう言った。

「面白くしていただいて、むしろありがたいですよ。イジるにしても、愛情があるかないかって分かりますよね。ただ貶して落としたいだけなのか、そうじゃないのかって、相手の態度に出ると思うので。ネットニュースの記事とか文章でも、同じですよね」

 たしかに「さらば青春の光」は優一氏をイジりながらも、画面からは友達同士のような空気感が漂う。普段はどこかカッコつけたようにも見える優一氏が、自分の歌をうまく歌えず、うろたえて最後は土下座する姿は、私にはむしろ好印象に感じられた。うまく魅力を引き出していた。

 後日、工房内で修行中にBGMとして優一氏が作詞作曲した『純青(じゅんせい)』が流れてきた。あっ、この曲は師匠のオリジナルソングだぞと思ったら、歌い出しを待たずにいきなり曲が切り替わった。優一氏がスマホをいじり、次の曲に飛ばしたらしい。

「さっき、優さんの曲が一瞬流れましたよね? すぐ変えませんでした?」

「うん、『こいつは自分の曲を聴きながら靴を作っているナルシスト』とか書かれるのは嫌だから、変えちゃった。でも意識するのも変だし、次は普通に流そうかな」

 優一氏の性格は今もよく分からないが、こういう人間くさい部分もあるのかもしれない。ちなみに、曲調がどれも似ていることについて聞いたら「敢えてテイストを合わせている」とのこと。

 最後に補足だが、私は修行中は特にメモを取っている訳ではなく、優一氏の会話は私の記憶をもとに再現している。優一氏本人から見たら、多少ニュアンスの違いはあるかもしれないが、無理に誇張したり曲解したりはしていないつもりだ。

■取材・文/西谷格(ライター)