10月1日、『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)で『太田プロ大集合SP』が放送され、太田プロダクション所属のダチョウ倶楽部、土田晃之、劇団ひとり、野呂佳代、指原莉乃、宮下草薙などがスタジオ出演した。有吉弘行も『竜兵会』のロケに参加し、事務所誕生の再現ドラマには大島優子、つるの剛士らが登場。事務所総出で番組を盛り上げた。

 その中で、過去に所属していた爆笑問題の太田光と田中裕二もVTRで秘話を明かした。芸能関係者が話す。

「まさか2人が登場するとは驚きました。爆笑問題は1988年に太田プロにスカウトされ、翌年には『鶴ちゃんのプッツン5』(日本テレビ系)のレギュラーになります。もちろん実力も折り紙付きでしたが、事務所の先輩である片岡鶴太郎の番組だったことも抜擢理由の1つでしょう。いわゆるバーター的側面もあったわけです。しかし、1990年秋に退社。わずか2年半で大手事務所を辞めたことで、業界では起用されにくくなってしまった」

 その後、太田はテレビのゴーストライターなどをこなし、田中はコンビニでアルバイトをするほど芸人として窮状に追い込まれた。この状況を見兼ねた光の妻である太田光代は旧所属事務所へ仁義を切った上で1993年11月、芸能事務所『タイタン』を設立。その直前、爆笑問題は28歳で『NHK新人演芸大賞』を獲得。翌年、お笑い芸人の勝ち抜き番組『GAHAHA 爆笑王決定戦』(テレビ朝日系)で10週連続勝者となって初代チャンピオンとなり、復活への狼煙を上げていった。

「2人の名が知れ渡ったのは、『タモリのSuperボキャブラ天国』(フジテレビ系)でしょうね。若手芸人の集う番組は“ボキャ天ブーム”を生み、その中心に爆笑問題がいました。若手とは言えない年齢でしたが、実力でそれを乗り越えた。1990年代後半になると、『号外!!爆笑大問題』(日本テレビ系)などの冠番組を持つようになり、現在までテレビのレギュラー番組を欠かしていません。『サンデージャポン』(TBS系)は10月で21年目に突入します」

 著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)で爆笑問題についても言及している芸能研究家の岡野誠氏は2人が売れ続ける理由をこう分析する。

「忖度の蔓延る世の中で、太田さんは何を言い出すかわからないと期待を抱かせる昨今珍しい存在。それを止める役目の田中さんが輪をかけて、危ない発言をする時もある(笑)。また、56歳になった今も新しい漫才を作って披露し続けるという努力を決して怠らない。常に漫才師として戦う姿勢を見せている。

 これらに加え、2人には根底に人への優しさ、温かさがある。これも大きいと思います。事務所独立で辛酸を舐めたことで、同じような立場の人の心情や痛みを慮れる。その好例が田原俊彦さんへの対応でしょう。長女誕生記者会見でのいわゆる『ビッグ発言』で傲慢なイメージが付いてしまった田原さんに対し、愛情を持った上で太田さんが『俺以上に空気読めない!』、田中さんが『もう1回干されろ!』などと言っていた。2人が敢えて強めの突っ込みをしたことで、相対的に田原さんのぶっきら棒さが緩和され、ネガティブイメージが消えました。爆笑問題も若手に混じってもう一度這いあがろうとした時、年下に変に気を遣われるとマイナスになると実感していたから、そのような接し方をしたのでしょう」

 2017年11月には、ジャニーズ事務所を独立したばかりの元SMAPの稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾がAbemaTVで『72時間ホンネテレビ』を放送。デリケートな時期であったが、爆笑問題は真っ先にゲストのオファーに応じた。番組の放送作家を務めた鈴木おさむ氏は9月19日放送の『爆笑問題の日曜サンデー』(TBSラジオ)で、「ああいう状況で来ていただいて。本当に感謝しています。勇気もすごいですし」と話した。

 爆笑問題は太田プロ独立後に苦境に陥ったが、その経験を肥やしにして、56歳となった今も第一線で活躍し続けている。