2015年2月11日、最愛の妻・奈緒さん(享年29)を乳がんで失ってから約2年、読売テレビのアナウンサー・清水健さん(40才)が16年のアナウンサー生活にピリオドを打った。妻が命に代えて守った息子を、次はぼくが命の限り守る番――その胸中には、父としてすべき大きな役割が芽生えていた。

 シングルファーザーの家庭数は1988年の約17万3000世帯から、2011年には約22万300世帯にまで増加した。一方で、社会的な理解はシングルマザーの家庭に比べると低く、制度設計も進んでいない。シングルファーザーの約4分の1が転職するともいわれており、子育てのために時間的な拘束の短い部署への異動を願い出たりするケースも少なくない。

「退職を決意したのは息子のためだけというわけではないんです。講演活動にもう少し注力したいというのもあったし、ぼくの体を心配してくださった周囲からの助言もあった。実際、62kgあった体重は44kgにまで落ちました。今47kgくらいまで戻ってきましたけど、本当にいろんな理由が複雑に絡みあっていたんだろうなと思うんです。ぼくが選挙に出ると報じられましたが、そのために辞めたということだけはありません。

 正直、辞めたことが正解だったかどうかはわかりません。奈緒と出会ったいわば思い出の場所である会社を辞めるということは、そのスタジオやメイクルームに行かなくなるということで、つまり思い出の場所を消し去るということでもあったんです。

 最終出社の前日の深夜には、自然と足がメイクルームに向きました。本当にこれでよかったのかなって思ううちに、また涙が止まらなくなって。

◆退社後の生活、妻から息子への愛情

 会社を辞めて、息子と一緒にいられる時間は格段に増えました。これまで放送は平日に毎日あったわけですが、今はその時間に買い物に出かけたり、公園に遊びに行ったりしています。一度遊びに出ると、いつまで経っても帰ろうとしないんですよ。ずっと公園を駆け回って、遊具で遊んで、“そろそろ帰ろうか”って声をかけると、芝生に寝っ転がって“やだ! 帰らない!”って。いやいや期の真っ最中なんですが、その様子がまた愛おしくて。

 息子と家族と一緒に、グアム旅行にも行きました。久しぶりに羽を伸ばしてのんびり、と思っていたら、どうも腕が痛い。筋肉痛になっちゃったんですよ、向こうにいる間、ずっと息子を抱っこしていたから。でも思い返すと、ずっとそんなふうにならないぐらい忙しかったんだなって。いつの間にか、息子がこんなに大きくなっていたっていうことを思い知らされたというか。一緒にいられる時間を持てたのがうれしかった半面、申し訳なかったなって。今でも講演会などで息子にはいっぱい我慢させていると思います。でも、息子ならわかってくれるかな。だって、奈緒とぼくの息子ですから。

 奈緒は、息子といられる時間1分1秒を惜しんで、愛情を注ぎ続けました。奈緒が願ってやまなかった息子との時間を、ぼくが無駄にしちゃいけないと心から思うんです」

 清水さんのもとには、関西を中心に東京や広島、北海道といった遠方からも、ひっきりなしに講演のオファーが届く。講演内容の打ち合わせもあるため、週に2〜3日は保育園を利用し、母親の協力も仰ぎながら息子と向き合う日々だ。

「苦労しないことがひとつもない、というほど苦労していますよ。当たり前かもしれないけど、しんどい時もあります。朝起きて、着替えるのがいや、朝ご飯がいや、お出かけの準備もいや。で、たまたまうまくいったかなーって、前日と同じ作戦で気を引いてみようとしたら、見事に失敗したり(笑い)。そんなことの繰り返しで、ママがいたら素直に言うことを聞くのかなって、ふと思ったりもします。本当に、ママの力は偉大です。でもそんなことを考えていても、やっぱり、奈緒はいないんですよね。ああ、奈緒だったらどうするんだろうって想像しても、やっぱりぼくがしなくちゃいけないんですよ。それがぼくの責任なんです。

 今でもそうかもしれないですが、ぼくがずっと忙しくしていて、息子との時間が取れなかったとき、やっぱり息子の気持ちはぼくから離れていって、表情もどこか悲しそうで。会社を辞めて、息子の顔つきが変わったって家族からは言われるんです。家に帰ると“パパや!”って叫びながら玄関まで走ってお出迎えにきてくれて。

 ぼくは、奈緒を守れなかった。だから、息子だけは絶対に守るって奈緒に誓ったのに、それさえもできていなかったのかもしれません。

 息子を守るために命をかけて闘った奈緒には、感謝しかありません。奈緒のためにも、いっぱいの助けを得ながらですが、ぼくは闘い続けなくちゃならないんです」

※女性セブン2017年3月30日・4月6日号