映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、ハリソン・フォードの吹き替えについて、養成所時代から変わらぬ先輩を追いかける精神について、そして芝居の限界について、村井國夫が語った言葉を紹介する。

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 村井國夫は「スター・ウォーズ」シリーズや「インディ・ジョーンズ」シリーズの二カ国語版で主役のハリソン・フォードの吹き替えをしてきた。

「骨格がわりと同じような雰囲気でしたから、声にも違和感がなかったんだと思います。

 でも、声優の方の芝居って苦手でして。なだぎ武さんがモノマネしている通りで、セリフの頭に必ず『っや』って妙なアクセントが入るんですよ。『っや、それがね』というアテレコ口調。それが嫌で嫌で。僕は『それがさ』って普通に言っていて、そこがハマったのかもしれません。

 ハリソン・フォードは凄く素敵な役者ですが、あくまで『スター』であって、『上手い役者』ではありません。ですから、彼が芝居しているヒーローの魅力を壊さないようにしつつ、演じきれていない部分を助けるという気持ちでやっていました。

 ただ、最近になって観た彼の作品では凄く上手くなっていた。役者というのは、ちゃんと愚直にやっていけば花が開くんだと思いました。僕もそうなる時を期待しながらやっています。

 正直に言うと、誰かの芝居に声をつけるのは好きではないです。このあいだ『美女と野獣』をやりましたが、それはオーディションがあったからです。この歳になると、オーディションを受けることはありませんから、面白いと思ったんです。五十年以上も役者をやっていると、どこか慣れが出てしまいます。常に刺激を受けていたい」

 舞台では最年長の役者であることも増えてきたが、インタビュー中に受けた印象は、「養成所時代に先輩たちの後を懸命についていった最年少の青年」の精神を今も保っている姿だった。

「平幹二朗さん、橋爪功さん。先輩たちが素晴らしすぎて、先が遠くて見えません。

 平さんとは『オセロー』で共演させていただきましたが、その時は『大きな芝居をする人だ』と生意気にも思ったりして。でも、それはただの不遜でした。いろいろな芝居を観ていくと、遥かな彼方にいらっしゃると思って。そういう先輩を目標にできることが嬉しいんですよ。

 最後の芝居となった『クレシダ』も凄かった。小野武彦と観に行ったのですが、観終えたら二人ともしばらく客席から立てなくなりました。『おい、参ったな』『ああ、参った』『あの平さん、なんなんだ』って、そんなことばかり言っていましたね。

 自分としては、乾いた芝居ができたらいいな、と思うことがあります。日本では橋爪さんですね。あの乾いた、なんの情緒も入れない芝居をするヅメさんは素敵です。情緒をギリギリまでそぎ落として、それを笑いに持っていったりする。僕らはつい何かをしようとしてしまうんです。でも、ヅメさんは、ただ普通に何かをおっしゃるだけ。そこがやっぱり素敵です。

 仲代達矢さん、奈良岡朋子さん、金内喜久夫さん、ヅメさん。稀代の名優といえる先輩たちの背中を見ながら生きているのは、楽しいですね。ですから、『まだできる、まだできる』と思いながら、自分で芝居の限界を作らないようにしています」

●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。

◆撮影/五十嵐美弥

※週刊ポスト2017年9月15日号