従来のテレビ番組と同じ方法でコンテンツを制作しても、ネット配信では人気を集められないと言われる。ところがテレビで人気を集めたノウハウを持つ芸人・松本人志が発案した『HITOSHI MATSUMOTO presents ドキュメンタル』は、Amazonプライム・ビデオというネット配信の形をとりながら、現在シーズン4を数える人気番組となった。イラストレーター、コラムニストのヨシムラヒロム氏が、松本人志はなぜ、ネット配信でも多くの支持を集めることが出来たのかをつづる。
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 忘れもしない、2016年11月30日。

『HITOSHI MATSUMOTO presents ドキュメンタル』の初回が配信された。以後、『ドキュメンタル』は各所で話題となり、現在シーズン4が展開中。

 この『ドキュメンタル』云ってしまえば、芸人のにらめっこ大会。一部屋に、10名の芸人を6時間軟禁。そこで、笑わせ合いを行う。バラエティ番組がショーアップされたプロレスだとしたら、『ドキュメンタル』はなんでもありのケンカ。

 参加費は100万円。最後まで笑わずに、サバイブした芸人が優勝賞金1000万円をゲット。ギリギリの精神状態で行われる笑いの戦場、誰しもが衝撃を受けること請け合い。

 しかし、これは素人の捉え方。

『ドキュメンタル』こそ芸人の日常とも云える。いや、全ての芸人と括るのは危うい。ただ、松本人志周辺の芸人の日常であることには間違えない。

 水道橋博士著「藝人春秋2」に、松本人志のあるクリスマスの過ごし方が描写されていた。さぞ豪華なモノだろうと期待してい読み進める。だが、そこで知ったのは衝撃的な事実。

 構成作家・倉本美津留が持ってきた大喜利を木村祐一、千原ジュニアとともに回答する。

 松本人志世界は、お笑い原理主義が蔓延る。「おもろいやつ」が一番偉い。その思想は、小学生時代から確立していた。同級生とコンビを組み、お楽しみ会で漫才を披露していた話は語り草。

 当時から自分の仲間を除いたクラスメイトの笑いのセンスをdisっていたと云う。

 小学校高学年の男子が勘違いした黒歴史のようなエピソード。しかし、松本の場合は天下をとっているわけで。

 その批評眼に狂いがなかった。いや、そうとしか書きようがない、勝っている官軍だから仕方ない。

 過去、アントニオ猪木が「いつ何時、誰の挑戦でも受ける」と吐いたが、松本も同様。子供時分から、表でも裏でも連戦連勝を続けたゆえにカリスマ。

 私生活での勝利は、テレビにも反映される。だから、松本人志は常に偉そうで。舎弟達は「松本さ?ん、松本さ?ん」と太鼓を持ち続ける。

『ドキュメンタル』からは、そんな芸人の強さを測ることが可能だ。素の状態の強さ、それこそクラスで誰が一番面白いかを争っている状態に近い。
無闇に笑いをとりにいってもスベるばかり。適切なタイミングで、正しい行動を起こしたものに笑いの女神は微笑む。

 最初に行うべきは、自分がアクションを他の芸人に示すこと。しかし、弱い芸人はその機会さえつかめない。やられるがまま、笑ってしまい、美味しいシーンがないまま敗退なんてザラ。

 強弱がハッキリと分かる『ドキュメンタル』は面白いだけでなく、恐ろしくもある。

 ここでの活躍によって、表バラエティ界での地位が交代。そんな可能性すら秘めている。

 つまりはガチ。

『笑っていいとも グランドフィナーレ』でタモリ、明石家さんま、とんねるず、ウッチャンナンチャン、ダウンタウン、爆笑問題、ナインティナイン、が大集合し、勝負を繰り広げた。生放送、誰が笑いとったか明確な状況下。松本が吠え、太田がとぼける。少しでもスキを見せれば、イジられるなかでの戦い。

 松本は「昔のお笑いの世界は真剣で斬り合っていた」と例える。スタッフ、タレントにも派閥があったピリついた時代。『笑っていいとも グランドフィナーレ』は、殺伐とした空気感がテレビの画面に出た奇跡の瞬間であった。

 余談だが、テレビの申し子達を仕切ったのが「笑い」への飢餓感が薄い爆笑問題の田中だから面白い。

 それ以降、久しく見ない芸人同士のヒリヒリとしたやりとり。そこのみにスポットライトを浴びせたのが『ドキュメンタル』である。

 人を笑わせる行為に呪われた人々が、磨きに磨いた”笑い”というナイフでグサグサと刺し合う。

 お笑いファンが求めた「真剣で斬り合う時代の再現」を超える。事務所の境目が薄くなくなったゆえに、可能となった忖度なきドリームマッチ。

 松本人志は、映画製作で人生史上最も大きなスベりを披露。一連の作品群は、松本には珍しい寒いモノであった。映画を通して、世界的に才能を認めさせる目論見は失敗に終わった。

 だからと云って、“笑い”の造形力が目減りしたわけではない。

 大喜利、笑ってはいけない、すべらない話と新しい笑いのカタチを作ってきた松本。その真打が私的笑いと云える『ドキュメンタル』なのである。

 テレビの笑いを薄口に感じる人は、絶対に見るべきコンテンツだ。