昨年9月から一向に姿を見せない渡哲也(76才)。石原プロが集結した、今年7月に営まれた石原裕次郎さんの三十二回忌法要も欠席だった。今年9月では毎年恒例となっている宝酒造『松竹梅』のCM撮影を行ったが、昨年と異なり撮影後のスポーツ紙の取材はなかったという。

 渡は1991年に直腸がんが見つかり、手術後、人工肛門をつけることを余儀なくされた。その後も肺気腫やぜんそくといった呼吸器系の持病に苦しめられてきた。さらに、2015年6月には急性心筋梗塞で倒れ、緊急手術をしている。

「実際には外出時も酸素吸入器を外せない状態です。今年も壮絶な闘病の中でのCM撮影だったそうです」(広告関係者)

 最近は近所を歩くこともままならず、自宅療養が続いているようだ。

 これまで渡は、体調が心配される中でもたびたび復帰を果たしてきた。昨年4月には、周囲が「体力的に大丈夫なのか」と心配する中、石原プロの「相談取締役」として経営陣に復帰した。1か月前の3月に実弟である渡瀬恒彦さん(享年72)が亡くなったことが理由の1つだったという。

「渡瀬さんは2015年秋に胆のうがんが見つかりましたが、がんは小康状態。亡くなったきっかけは『肺気腫』でした。奇しくも、渡さんも同じ病気で苦しみ、兄弟の母・雅子さんもかつて肺炎で亡くなっている。実は、それまでは滅多にしなかったのに、闘病が始まってからお互いの家を行き来するなど、頻繁に連絡を取り合っていました」(渡瀬さんを知る関係者)

 渡瀬さんはスペシャルドラマ『そして誰もいなくなった』(テレビ朝日系)で、末期の肺がんに侵された狂気の犯人役を演じきり、その放送の11日前に亡くなった。

「渡さんは、渡瀬さんと“どちらが先に逝っても、派手なお別れ会はやめておこう”と約束したそうです。また、渡瀬さんが死の直前まで次の撮影を考えていたことに、“同じ役者としての絆を感じた”と深い感銘を漏らしていたそうです」(前出・関係者)

 渡が仕事への情熱を燃やし続けるのには、さらに「もう1つの理由」があるという。渡は1971年に俊子夫人とハワイで2人だけで結婚式を挙げ、その後、息子が誕生した。

「息子さんは小学校から両親と同じ青山学院で、大学卒業後は芸能界には進まず、大手ゼネコンに就職したと聞いています。渡さんの病状が心配だからか、4年ほど前に、渡さんの家の近くに引っ越してきました」(近隣住民)

 息子が住むのは、実家から歩いて2分程度のところにある一戸建てだという。

「2014年に渡さんは自宅を全面バリアフリーにリフォームしました。工事に際して渡さんは近くの一戸建てを“仮住まい”にしていましたが、そのリフォームを仕切っていたのが息子さんでした。工事が終わると渡さんは元の自宅に戻りましたが、仮住まいにしていた家を建てかえて、そのまま彼が住んでいるそうです」(渡の知人)

 親孝行な一人息子に闘病を支えられている渡。だが、周囲にはこんなことを漏らしているという。

「息子さんはもう40代中盤になっていますが、まだ結婚していないようなんです。だから渡さんは周囲に“早く嫁さんをもらってほしい”“孫を見たい”とよくこぼしているそうです」(芸能関係者)

 2015年の国勢調査によると、40〜44才の男性の未婚率は29.3%で、45〜49才男性でも未婚率は25.2%にのぼる。40代男性の4人に1人が結婚していないのが現状だ。渡のように、老後になっても“未婚の子供”に頭を悩ませる親は少なくない。

「渡さんは息子さんのことを大事に育ててきた。一般社会で生きることを選んだ彼に迷惑をかけまいと、一切、息子さんの情報は明かしてこなかった。彼が結婚しない理由はわかりませんけど、いちばんの親孝行は孫の顔を見せることですからね。渡さんも“孫を見るまでは”という気持ちで頑張っているんだと思います」(前出・渡の知人)

 誰にも泣き言を言わず、渡は厳しいリハビリを続ける。

※女性セブン2018年11月15日号