川上哲治氏の持つ通算勝利数1066勝を抜き、巨人軍監督としての通算勝利数歴代1位となった原辰徳監督。生まれたのは、川上氏が現役引退した1958年だった。そして、原監督は、川上氏が監督を退いた7年後の1981年にドラフト1位で巨人に入団。当時NHKの解説者だった川上氏が新人の原監督に指導をしたこともあったという。

 そんな原監督には、川上氏の采配と通ずる厳しさがあるという。現役時代はサードのポジションを争い、引退後はDeNA監督として原巨人と対決した巨人OBの中畑清氏(66)も原監督の非情さを肌で感じたという。

「2012年にDeNA監督として対戦した際、うちのような弱い相手に4番の阿部慎之助に送りバントを命じてきた時は驚いた。選手への配慮があってなかなかできないが、彼は迷わずサインを出す。私情を挟まない采配ができるのは現役の監督では辰ちゃんだけです」

 明るいイメージで親しまれる原監督だが、昔気質な野球人の一面も併せ持つ。川上監督時代のV7達成時に投手として新人王を獲得した関本四十四(しとし)氏(71)も、原監督の野球人としての姿勢をこう評する。

「原監督は若い頃から若大将として注目される一方、高校、大学と野球部の監督であり、父親である貢さんから厳しい教育を受けて、ものすごく古風な一面を持っています。我々は川上さんが後ろから歩いてきただけで背筋がピンと伸びましたが、原監督にもそんな古い野球の血が流れている。彼は今でも川上さんの野球が理解できる数少ない野球人です」

 球団タイ記録の1066勝を達成した際、川上氏から何を継承したかを問われた原監督は、「実力至上主義」と答えた。

 そんな原監督は、最近ますます「川上化」が進んだとの声もある。V9時代に名ショートとして活躍した黒江透修(ゆきのぶ)氏(81)が語る。

「試合中、川上監督はベンチの奥に座ってじっと動かず、威圧感があったが、最近は原監督もベンチの奥に座ったまま動かない。コーチをうまく使いこなすようになった点も川上さんを彷彿とさせるものがある」

※週刊ポスト2020年10月2日号