巨人・原辰徳監督の現役晩年の苦しい経験が、ベテラン操縦術に繋がっているのかもしれない。巨人の最年長38歳10か月の亀井善行が6月5日の日本ハム戦で通算100号を達成した。歴代4位の遅さで、球団ではV9の5番打者・末次利光の34歳1か月を大幅に更新し、最年長記録となった。試合後、原監督は「これから先も200号を目指して頑張るでしょう」とさらなる飛躍を願った。

 今シーズンの亀井は史上初の『開幕戦代打サヨナラ本塁打』でスタートしたが、打率1割8分6厘、2本塁打、8打点(6月6日現在。記録は以下同)と結果を残しているとは言い難い。プロ野球担当記者が話す。

「最近10度の代打では7打数ノーヒット、3三振と当たっていませんでした。調子が出なくても、原監督は亀井のプライドを傷つけることなく、良い場面で使っています。10度のうち、7度は得点圏に走者を置いた局面で、2度は9回の最後の打者。その期待に応えようと、『代打・亀井』はヒットを打てなくても、ベテランらしい貢献の仕方をしていました」(以下同)

 5月25日の楽天戦では、2点リードの7回裏2死満塁で押し出し四球を奪い取った。制球の定まらないブセニッツがスリーボールからワンストライクを取った後、タイムで相手に嫌な間を作って、押し出しに繋げた。6月2日の西武戦では1点リードの6回裏2死一三塁で四球を選んでチャンスを拡大。6月4日の日本ハム戦では2点リードの7回裏無死二三塁で高めのボールを狙ったかのように、センターに犠牲フライを打ち上げた。

「ヒットを打てなくても、ベテランならではの間の取り方をしたり、最低限の仕事をこなす。原監督はそこに信頼を置いているのでしょう。亀井は1軍に帯同しながら、志願してイースタンリーグに出場するなど必死に調子を戻そうとしてきた。その姿勢も買っているでしょう」

 丸佳浩が不調で登録を抹消された6月5日、代役に亀井が指名された。1打席目に四球を選んで先制のホームを踏むと、9回には追撃の通算100号。チームは敗れたが、1試合で外野の全ポジションを守り、存在感を示した。

「年齢を重ねると、動体視力が落ちてくる。しかも、代打になると、中継ぎや抑えの150キロ超えのボールを持つ投手とも対戦し、1打席で結果を残さないといけない。4打席勝負できるスタメン起用は亀井にとって、復調のきっかけとなるはずです。翌日も『6番・ライト』で先発出場し、4打数1安打でした。2日連続で4打席目にヒットが出ていることは良い傾向です。ベテランになると、4打席目以降は極端に打てなくなる。あの王貞治さんでさえ、引退した40歳の1980年は4打席目以降の打率が1割6分9厘でしたから」

「代打・長嶋一茂」「代打・岡崎郁」「代打・吉村禎章」

 原監督の起用法がベテランを復調させつつある。これには、現役時代の自身の苦い経験があったからこその采配かもしれない。

「晩年の原辰徳は代打を送られたり、落合博満の守備固めで出場したり、相手の先発が左か右かわからない時にはまず偵察要員入れられたりしていましたからね。およそ、長年巨人の4番を張ってきた打者に対する起用法ではなかった」

 1993年、長嶋茂雄監督が2度目の就任を果たした時、原は4番を打っていた。しかし、この年不調に陥り、打率2割2分9厘、11本塁打、44打点と入団以来最低の成績に終わってしまう。オフにはFAで中日から落合博満が移籍。4番の座を奪われた上に、オープン戦で左足アキレス腱の部分断裂をしてしまい、開幕には間に合わなかった。6月14日の復帰戦で、阪神の藪恵市からホームランを放ち、その後も好調を保つも、レギュラーを確約されたわけではなかった。

 9月8日の横浜戦では1点リードの7回裏に『代打・長嶋一茂』を送られた。長嶋監督は「1点勝負だから守備を重視したんです」と次の回からサードに一茂を守らせるための起用だとその意図を明かしたが、不可解な代打だった。一茂は初球を打ってサードゴロに倒れている。9月14日のヤクルト戦でも、2点ビハインドの7回1死満塁のチャンスで、原に代わって『代打・岡崎郁』がコールされている。しかし、岡崎は凡退し、結局試合は0対2のまま敗れた。

「この年の原は決して不調ではありませんでした。数字だけ見ても、67試合で打率2割9分、14本塁打、36打点。広島、中日と優勝争いを繰り広げていた終盤も貴重な一打で貢献していました。9月18日の阪神戦では1回に猪俣隆から決勝3ラン、10月5日のヤクルト戦では石井一久から先制3ランと要所で活躍しています。それでも、長嶋監督から全幅の信頼を置かれていなかったのかもしれません」

 宿敵・西武を倒して日本一になった1994年オフには、ヤクルトから広沢克己がFA移籍し、原が守るサードにはジャック・ハウエルがやってきた。それでも、たまに訪れるスタメンの機会で活路を見出そうとした。5月30日のヤクルト戦では『3番・サード』で出場し、4対6の9回裏には1死満塁という一打同点の場面で打席が回ってきた。

 しかし、長嶋監督は前の打席にタイムリー二塁打を放っている原に代わって、『代打・吉村禎章』を告げた。俯きながらベンチに戻る原を尻目に打席に向かった吉村は、セカンドゴロ併殺打でゲームセット。試合後、野村克也監督は「原によう代打を出してくれた。原の方がイヤだった? いや、それは何とも言えんがな」と話している。

「この時(1994、1995年)の経験があるから、監督になった今、ベテランの亀井を取っておきの場面で代打に送るし、丸の2軍落ちというピンチにはスタメンで使っているのではないか。起用法で『おまえさんを頼りにしてるぞ』というメッセージを送っている。100号達成後の『200号を目指して頑張るでしょう』というコメントも粋です。今まで巨人を引っ張ってきたベテランを無碍に扱うと、チーム内の空気が悪くなるとわかっているからでしょう。

 当時、吉村は長嶋監督に『原さんの代打だけは勘弁してください』と訴えたそうです。実際、原への代打はいずれも成功していない。原や高橋由伸、阿部慎之助、そして亀井と生え抜きのベテランは登場するだけで球場の雰囲気を一変させる力を持っている。原監督はファンの声援も味方になるとわかった上で、ベテランを上手く使っている印象です」

 原監督は選手に対し、「この経験を肥やしにしないといけない」と頻繁にコメントする。自らが現役時代の苦い思い出を生かしているからこそ、説得力のある言葉になっているのかもしれない。