55歳のN記者。父の急死により、認知症の母(85歳)の介護を一手に担うこととなる。そんな母の妄想が始まり苦労し、そこで取ったN記者の行動とは…? ネットで真実を知った後、どうなったか…。

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 ライターの仕事を始めた頃、調べものといえば書店や図書館だったが、今はインターネットで世界中のたいていの情報がいつでも手に入る。

 親の介護問題に直面し、大慌てで情報収集したのも、母の住処やかかりつけ医を探したのも、すべてパソコンとスマホ画面の中だ。

 SNSを通じて、途絶えていた学生時代の友人との交流も再開できたし、親が認知症になった従姉弟同士、LINEグループでつながって、介護の情報交換や法事の相談も気軽にやっている。ネットのおかげで、時間と空間がグッと広がったと実感している。

 一方、母はネット世界とは無縁だ。乗り物の中でみんながスマホをいじっているのを見て「あれは、何をやってるの?」と聞くこともあるが、母に説明するのは難しい。

「ニュースとか本とか音楽が入っているんだよ」などと言ってみるが、母は「ふーん」と言ったきり興味も続かない。目の前の風景とたまに見る新聞・テレビ、そして認知症になった今では、古い思い出だけが母の世界なのだ。

 そんな母が、ネットの世界と苦い遭遇をしたことがある。正確には私がそうさせたのだ。もう7年前になるが、父が急死したショックからか、母が、なんと20才の時にタイムスリップしてしまったのだ。

「Tくんが私に会いたがって何度も電話してくるんだけど、どうしよう…」

“Tくん”は母が20才の頃の彼氏。芸術系の大学生だったと、母から聞いたことがある。それが父の葬儀に、突如、妄想となって現れたのだ。

 78才の老婆が20才に戻って話す奇怪な様子にも愕然としたが、父の死、葬儀の準備と、未曽有の事態でいっぱいいっぱいだった私は、自分でも驚くべき行動に出た。ネットでT氏のことを調べたのだ。母とは結婚せずに芸術の道を選んだと聞いていた。

「少しは名を残したのかな…いや無名に違いない」と、やや意地悪な気持ちもあった。

 名前を検索するとすぐにヒットした。T氏は彫金家として活躍していた。職人気質を思わせる初老の頃の写真、素朴な作風を賛美するファンのコメントも見つけた。そしてすでに2年前に「家族に看取られて逝去」との情報も。

 わずか数分の間に、母の元彼の生涯を見てしまった気がした。結婚もしたのだなと。

 母を見るとまだ妄想の中。「Tくんが…」と、また言うので、ついに頭に血が上った。

「ママ、しっかりしてよ! Tくんはもう亡くなったって。明日はパパのお葬式でしょ。ママは78才なんだよ」

 ノートパソコンを突きつけ、言い捨てた。母は目を見開き、

「え? これ何?」

 それきり黙ってしまったが、明らかに現実に戻り、悲壮感を漂わせた。悪いことをした。

 その後1年くらい、母はTくんどころではなく、つらい認知症の症状に苦しんだのだが、今はすっかり落ち着いた。孫(私の娘)には、まだTくんの話をしているようだが、「でも、たぶんもう死んじゃったかな…」とつけ加えるという。あの時の衝撃は、しっかりと胸に刻まれたようだ。

※女性セブン2020年2月20日号