病気に苦しむことなく、元気に長生きして最後は寝付かずに死ぬことを「ピンピンコロリ(PPK)」と呼び、健康寿命の長さをいう。今から約40年前に長野県の医師が提唱し始めたこともあり、全国でも有数の長寿で知られる長野県佐久市には「ぴんころ地蔵」が建立されている。諏訪中央病院名誉院長で長野県茅野市在住の鎌田實医師が、最近、「ピンピンコロリ」から発展して「ピンピンヒラリ」がいいと思っている理由について語る。

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 昨年暮れ、京都大学で宗教・生命倫理学者のカール・ベッカー特任教授と「生と死の間にあるもの」について語り合った。ベッカー教授は、ターミナルケアや遺族の悲嘆について研究している。

 自分は無宗教だからという日本人も、終末期になると“あっち”のことを考えるというベッカー教授。「“あっち”に意識を向けると、父ちゃんや母ちゃん、あるいは戦死してしまった友人や先輩に会えるかもしれない、という希望が湧いてくるんです」

 たしかに、そうだ。ぼくは緩和ケア病棟を回診しながら、「あの世」を信じている人ほど、上手に「死」を受け入れているように感じてきた。「あの世」は「生」と「死」の間にあるクッションのような役割を果たし、「死」の恐怖を和らげているように思う。

 健康長寿の標語で「PPK(ピンピンコロリ)」というのがあるが、ぼくは最近、PPHがいいと思っている。ピンピン生きて、ヒラリと逝く、そんな生き方だ。「ヒラリ」には、“あっち”もそんなに捨てたもんじゃないという前向きなニュアンスがある。「死」への恐怖を緩和して、「生」を見つめ直す力をくれるような感じもする。

 そんな話をすると、ベッカー教授は「ピンピンヒラリのほうが、日本人の死生観に合っていると思います。鎌田先生が許可をくれるなら、私も使わせていただきます」と笑った。

 日本人の死生観は、世界的に研究されてきたそうだ。アメリカの宗教心理学者デニス・クラスの「続く絆」理論は、日本人の墓や仏壇に対する態度から着想を得たという。親しい人を亡くしたとき、人は悲嘆に暮れる。多くの人が一刻も早く悲嘆を癒そう、忘れさせようとしがちだが、悲嘆は癒すべきものでも、乗り越えるべきものでもない、故人との絆は続かせていい、忘れなくていいという考えである。

 かつての日本人は当たり前に墓や仏壇を通して先祖と対話してきた。葬儀や初七日、四十九日などの法事も、集まって故人のことを語り、遺された者の心を支えている。こうした死者と語らうプロセスのなかで、生きる力をためていったのではないか。だから、「死」と向き合うことは、生きることと向き合うことなのだろう。

 こうした「死」の力についての考察を『コロナ時代を生きるヒント』(潮出版)にまとめた。終末期医療、幽霊、沖縄のユタ……いろいろな「死」が登場する。

●かまた・みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。著書に、『人間の値打ち』『忖度バカ』など多数。

※週刊ポスト2020年7月31日・8月7日号