コロナによって「家族の時間」が増えた人は多いが、それがもたらす影響はさまざまだろう。夫婦が向き合うことによって危機を迎えた一組の夫婦をレポートする。

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◆テレビばっかり見て……きっかけは妻の小言

 裕樹(ゆうき)さん、39歳は、都内の大手企業で働くサラリーマン。3月下旬から仕事をリモートに切り替え、今も出社は週に半分程度にしている。だが、“ニューノーマル”になったのは働き方だけではない。コロナを機に私生活も一変した。この夏から、結婚して10年になる妻と一人娘と別居中。離婚を望む妻と話し合いを続けている。裕樹さんの家庭に何が起きたのか。

「共働きで、小学生の娘が一人。妻とは決して不仲と思ってはいなかったけれど、子供が生まれてからは、家にいるときは子供と遊ぶ時間のほうが多くなって、夫婦で話をする時間はそれほどありませんでした。で、このコロナ。立ち止まったら、こんなことになったという感じですね」

 離婚したいと切り出したのは妻の由佳(ゆか)さんだった。「不仲と思っていなかった」裕樹さんにとって、その告白は驚きだったが、では“晴天の霹靂”だったかといえば、そうではないと振り返る。つまり予兆はあったということだ。立ち止まって、目を凝らせば見えるほどには、二人の間には溝ができていた。

 二人の溝はまず、由佳さんの「小言」という形で表れた。裕樹さんが在宅ワークをするようになって1か月もすると、小言をきっかけとした喧嘩が増えてきた。

「家事をしないとか、子供の面倒をみないとかではないんです。むしろ、家のことはけっこう好きで、でも今までは彼女任せだったところもあるぶん、コロナの間は頑張っていました。彼女が怒るのは、俺自身の問題。テレビばっかり見てるとか、本を読まないとか、話がつまらないとか……。彼女、意識高いんですよ。俺は、仕事は好きだけど、勉強は嫌いで活字も苦手。もういい年だし、勘弁してくれという感じでしたね」

 では、意識の高い妻とそうでない夫はどのように出会ったのか。

◆学歴格差と仕事格差

 出会いは裕樹さんの同僚が開いた飲み会だった。由佳さんは30代を前に、転職したいともがいていた時期で、そのためにも生活を安定させたいと望んでいたと裕樹さんは話す。

「彼女、俺より高学歴なんですよ。ただ、俺たちは就職氷河期世代で、まあ、俺はラッキーなことに上手くいったんですが、彼女は高学歴でも希望の会社に入れず苦労した。女の人は男より大変だったんだと思います。で、新卒で入った会社をやめて、好きな英語を使った仕事への方向転換を考えていたんです。そんな頃に出会ったから、彼女の目には、大企業でバリバリ働いている俺がかっこよく映ったみたい。俺も彼女も恋愛経験が少なくて、デキ婚しました(笑)。俺は子供好きだから、子供ができたことは凄く嬉しかったんです」

 由佳さんは旧帝大を、祐樹さんは東京の私立大学(MARCH)を卒業している。「学歴格差を感じた」と言うが、仕事について言えば裕樹さんの会社人生は順調で、順調に昇進もした。一方、由佳さんは結婚後、いったん仕事を辞めている。家庭を任せるぶん、由佳さんが希望の仕事に就けるようにと、翻訳学校の費用などは裕樹さんが負担してきた。

「彼女、勉強家なんで。そこは純粋に凄いなと尊敬してたんですよね。俺は大学までずっとスポーツやってきて、大学もスポーツ推薦で入って、筋肉バカっていわれてきたんで、会社の人とか友人に彼女を紹介するとけっこう驚かれるというか。それが心地よかったりもしました。それに俺たちの子って、勉強もスポーツもできる子になりそうで期待がもてるじゃないですか(笑)」

 妻の由佳さんは出産後、少しずつ、フリーランスで翻訳の仕事を始めた。晴れて語学力を活かした仕事に就いたが、すぐには仕事量も収入も安定しない。自宅で仕事ができるので子育てと両立しやすいものの、由佳さんにはもっと働きたいという気持ちがあり、悩んでいたと裕樹さんは言う。とはいえ、仕事だったら何でもいいわけではないようだった。

「彼女の口癖は“成長したい”。だから仕事もけっこう選んでる様子でした。贅沢だな、って思ったけど、まあ俺は、彼女が働いても働かなくてもいいから、その辺は口出ししなかったんですよ。子供が小さいうちは、子育て優先のほうがありがたいという気持ちが正直あったんで」

◆自信をつけていった妻、物足りない夫

 経済力のある子煩悩な夫と、子育てをしつつマイペースに働きたい妻。家庭内のバランスは取れている──と、思っているのは夫だけだったのか。

「彼女の仕事が軌道にのるにつれ、少しずつ、バランスが崩れていったのかな。人間関係も広がって、意識高い友人もできていたようでしたし、本人は否定しているけど、出会いもあったのかもしれません。いずれにしろ彼女はどんどん自信をつけていって、それと比例して、俺が物足りなくなってきたんでしょうね、辛いですが。ちょうどそんなころにコロナが起きて、夫婦で顔を合わせる機会が増えた。子供と遊ぶか、テレビやアマゾンプライムでお笑い見てるかの僕に、嫌気がさしたんでしょう……」

 そう冷静に分析する裕樹さんに、由佳さんへの愛はあったのだろうか。

「家族としてはあったと思いますが……、正直言えば、俺にとって彼女は娘のお母さん。子供とか、男友達と遊んでるほうが楽しいんです。彼女はそんなに俺にも、不満があったようでした」

 しかし、どんな夫婦の間にもある程度の不満はあるだろうし、結婚生活が長くなれば、一般に、愛情は男女のものというより家族愛に変わっていくものではないか。何より子供はまだ小学生だ。

「娘が成人するまでは家族として頑張りたいと俺は言ったんですが……彼女は子供より自分という人。あなたと一緒にいても、私はもう成長しないって。感謝はしているけど、若いうちに新しい人生を始めたいといわれて。ショックでしたが、俺にもプライドがあるので、腹をくくりました。浮気でもなく、こんな些細な理由で別れるとは夢にも思いませんでしたけどね。人生って何があるかわかりません」

◆メリットではなく愛情でつながる人を見つけたい

 現在、由佳さんは娘を連れて都内の実家で生活している。コロナが落ち着いたら離婚したいといわれており、裕樹さんは、親権についての話し合いを進めなければと考えている。

「働いているといっても、いまの彼女の稼ぎでは、俺のサポートがないと絶対やっていけないんですよ。娘には苦労させたくないから、俺が親権をとりたいと思っています。もちろん完ぺき主義の彼女は自分で育てると主張していて、ただ、生活レベルが下がることはわかっているし、彼女の親も高齢なので、自分たちはシェアハウスに入ると言ってますね。子育ては社会でやるものだという自論を持つに至ったようで、その辺ももう、相容れないかなと思っています……」

 コロナがなければ、多忙な中年夫婦は危機に気付かずに、あるいは、危機に片目を瞑って、老後まで駆け抜けたのかもしれない。そういう意味では、早めに互いの価値観の不一致に直面したことを、裕樹さんは前向きに受け止めている。とはいえ、不惑を前にやりがいのある仕事を手にし、自分のもとを去っていった妻には複雑な思いがある。

「彼女にとって俺は、仕事を手にするまでの保険だったのかなあって。賢い人ですからね。結局、俺たち夫婦って、メリットでつながっていたんだと思います。だからメリットがなくなったら、あっけなく壊れてしまった。もし再婚することがあれば、次は、ちゃんと愛情でつながれる人を見つけたいですね」

※名前はすべて仮名です