【書評】『言語の七番目の機能』/ローラン・ビネ・著 高橋啓・訳/東京創元社/3000円+税
【評者】鴻巣友季子(翻訳家)

 ユダヤ人大量殺戮の首謀者を素材に、『HHhH』で、日本でも旋風を巻きおこしたローラン・ビネ。期待の作者の最新長編ミステリである。記号論の雄ロラン・バルト殺害の謎に挑む。そう、バルトは小型トラックに撥ねられたのではなく殺されたのだ!?

 本書のタイトルを見ただけで、「もしや」と勘が働いた方もいるかもしれない。言語学者ヤコブソンが提言した言語機能の六分類。実は七番目があり、バルトはその未発表原稿を手に入れ、奪取しようとした何者かに殺された、というのが本書の奇想天外な「説」だ。往時の思想界の実在人物やその著作が綺羅星のごとく登場する。

 ソシュール、デリダ、ドゥルーズ、ガタリ、ラカン、サイード……。彼らは“小説の作中人物のように話す”わけで、バルトの自伝およびその有名な冒頭文に対するパロディになっているのだろう。

 しかも事件の捜査にあたるのが、バイヤール警視という。精神分析家ピエール・バイヤールのもじりだろうか(『アクロイド殺し』の真犯人を探しだすメタ・ミステリの著者)。若き研究者シモンとの凸凹コンビぶりが笑わせてくれる。

 史実に基づきながら、当然ながらふんだんなフェイクも盛りこむ。ずいぶん早く死んでしまう哲学者がいたり、誰かがなにかを切り落としたり、あの人がゲイサウナで……。

 ちなみに、わたしが好きな場面は、晩冬に豪華なアパルトマンでひらかれたパーティで、ザ・キュアーの「キリング・アン・アラブ」のイントロが始まったところに、黒い革のブルゾンを着たフーコーがエルヴェ・ギベールを伴って乗り込んでくるところ。それから、タクシーでバルトとフーコーに挟まれたアメリカの若い作家兼翻訳家がアワアワしながらなんとか話を合わせている、というバルトの死に際の回想。

「エーコ+『ファイト・クラブ』を書きたかった」と作者も言っているように、衒学ミステリだが、『薔薇の名前』のように難解ではないので、安心して楽しんでください。

※週刊ポスト2020年10月16・23日号