春風が頬をなでていく季節がやってきた。昨日までは晴れた空を眺めながら鼻歌を歌いたくなるような気分だったのに、今日は電車の中の人混みにイライラする。夫の「この炒め物、塩入れ忘れた?」という一言にカッとした後、どうしてこんなことで……と泣き出したくなった。ふと顔を上げると居間にかかったカレンダーが目に入る。あぁ、あと2日で生理予定日か──。

 程度は違えど、似た記憶を持つ人は少なくないだろう。感情面だけではない。生理前に感じる腰痛や月経(生理)中の下腹部痛、更年期の体のほてりなどに仕事や家庭の繁忙期が重なって、体調が万全でないなかでもやるべきことは待ってくれない。

 不快だしつらいけれど病気ではないし、みんなもそうだから──女性たちはホルモンの影響や月経の周期に伴う体調の変化を、時には脂汗を垂らしながら、時にはうつむきながらただじっと耐えてきた。しかしいま、そこに一筋の光が差しつつある。

女性の体に配慮した取り組みが企業で進む

「私の体でエクオールは作られているんだわ」

 日中のオフィスでつぶやいたのはロート製薬(本社・大阪市)でチームリーダーとして学術情報グループを束ねている八巻佳奈さん(40才)。エクオールとは、大豆イソフラボンを原料として腸内細菌から産生される、女性ホルモンと似た作用を持つ成分で、更年期症状を緩和する働きが期待できる。しかしこれを体内で作ることができる人は約2人に1人の割合。検査によって自分がどちらなのかが事前にわかれば、対策も取りやすくなる。

「まもなくやってくる更年期で、自分の体調がどう変わるのか、漠然と不安を抱いていました。仕事は続けられるのか、2人の子供の子育てはどうなってしまうのか――考えると不安が募るばかり。そんな折、会社が『エクオール検査』キットを使用する機会をサポートしてくれました」(八巻さん)

 社員の6割を女性が占めるという同社では「エクオール検査」のほかにも女性のためのさまざまな病気や不調を防ぐための福利厚生があり、乳がんエコー検査や子宮頸がん検査も無料で実施している。さらに2018年度からは「かくれ貧血」などの不定愁訴を知るための血清フェリチン検査も開始された。

 スマホの画面で検査結果を確認する八巻さんの隣の机で男性社員が熱心に読んでいるのは「女性のハッピーワークBOOK」。2018年2月に全社員に配布されたもので、月経や妊娠、出産、更年期といった女性の体についての悩みの詳細や産休、育休などといった人事制度・手続きなどを一冊の本にまとめたものだ。

 同社のように女性の体に配慮した福利厚生や制度の充実を推進する企業は多い。大手IT企業の「サイバーエージェント」は月に1度、女性特有の体調不良や妊活の際に取得できる「エフ休暇」を導入し、医療や美容機器メーカーの「タカラベルモント」は不妊治療で悩む社員のために「顧問助産師」を設置している。

 これまで職場の健康管理といえば“メタボ健診”など男性の病気を見つけることが主眼となっていた。しかしいま、大きな転換期を迎えている。

生理に伴う日本の経済的損失は年間約6800億円

 先に紹介した「エクオール検査」は「フェムテック」と呼ばれる最新技術の1つ。female(フィメール/女性)とtechnology(テクノロジー/技術)を掛け合わせた造語で、「女性の健康課題をテクノロジーで解決するサービスや製品」を指す。

「フェムテック」市場はここ数年で大きく注目され、2025年には世界で5兆円の市場規模になるとの試算もある。フェムテック製品のオンラインサイトを運営し、日本市場をリードしている「フェルマータ」でCOOを務める近藤佳奈さんが解説する。

「『フェムテック』の市場にある商品やサービスは、月経周期を把握するためのアプリから挿入の深さを調節して性交痛を和らげるグッズまで、そのカバー範囲は多岐にわたります」

 フェルマータが展開するオンラインショップをのぞいてみると、生理中に「はくだけ」で過ごせる吸水ショーツに始まり、デリケートゾーン用のソープや生理周期に伴う女性ホルモンの分泌量に合わせて成分を変化させたフェイスパック、女性用バイブレーターまで、あらゆる製品が目に入る。

「これらに共通するのは、女性がセルフケアを大切にし、自分の体に目を向けて、いたわることができるものだということ。この風潮が社会に浸透すればもっと快適に過ごせるようになり、体の変調が原因で仕事や人生の目的を諦めることが減るのではないかと思います」(近藤さん)

 実際に生理中の女性の8割が「普段と比べて仕事がうまくいかない」と感じ、更年期障害を持つ人の2割が「不調が理由で仕事を辞めたいと思ったことがある」というデータもある。経産省の試算でも女性の生理などの不調に伴う国内の労働損失額は年間4900億円とされており、そこに薬代や通院費用を加えると、実に6800億円にものぼる。

 東京・国分寺市の矢島助産院で助産師として勤務する傍ら、ラジオ番組『アイノカタチ.chu』のパーソナリティーを務める清水幹子さんは、フェムテックを駆使して仕事と育児に邁進するひとりだ。

「若いうちは体力で乗り切っていたものの、生理がしんどくて、30代後半になってから3、4日寝込むようになりました。やる気も出ないし体もだるい。ソファで寝込んでしまったままご飯を作れず、子供にもイライラしてしまう。

 悩んだ末、婦人科へ行き、生理痛も軽減してくれるミレーナという避妊具を子宮内に入れてもらいました。すると3か月くらいで気分の落ち込みやしんどさが軽減し、家族にも優しく接することができた。体が楽になったのはもちろん、『月経がここまでしんどかったのだ』と自覚できて、自分がなぜイライラしているのかわかったことも、心の安寧につながりました」

 近藤さんも声を揃える。

「月経に伴う不快さや不調を多くの女性が『当たり前』『仕方ない』と受け止めてがまんしていた。たとえば、お風呂上がりに裸で体を拭いているとき、経血が垂れて床を汚すことがあっても、それを仕方のないこととして受け入れ、『つらい』とか『嫌だ』と口に出すことを思いつきもしない人が多かったのです」

 ところが、フェムテックによって、その“名もなき不快感”を回避できる商品が手に入るようになった。

「たとえば吸水ショーツができたことで、ナプキンを取り替えることや蒸れることを『ああ、私はいつもこれが不快だったのだ』とあらためて気づき、解放された人は多い。解決する“モノ”があることで不快さやつらさを口に出しやすくなったということです」(近藤さん)

※女性セブン2021年4月1日号