ヨーロッパ随一の芸術の都・ウィーンは、「大人力」に満ちあふれた人々が住んでいた。大人力コラムニスト・石原壮一郎氏がウィーンで見つけた大人の心意気を紹介する。

 * * *
 「男はつらいよ」シリーズで、寅さんは一度だけ海外に行ったことがあります。第41作(1989年8月公開)の「男はつらいよ 寅次郎心の旅路」で、柄本明が演じる疲れたサラリーマンといっしょにオーストリアのウィーンを訪れました。かつてはヨーロッパの中心地でハプスブルグ家の帝都として栄え、モーツァルトやベートーベンが活躍した音楽と芸術の都のウィーンです。

 はっきり言って、世界の街の中で寅さんにもっとも似合わない街と言っていいでしょう。寅さんに負けず劣らず、おっさんにも似合いません。しかし、ひょんなきっかけで、54歳ヨーロッパ未体験のおっさん(私)が、ウィーンに行くことになりました。

 ウィーン商工会議所は、高い品質の製品を作っている企業や団体を認定する「ウィーンプロダクツ」という制度を作っています。ウィーンが誇る名品やウィーンの魅力をもっと日本の人たちに知ってほしいということで、毎年メディアツアーを実施。今回は「食文化」がテーマということで、ありがたいことにお声がけいただきました。

 何となく高尚でオシャレなウィーンに、ぜんぜん高尚でもオシャレでもないおっさんが行って大丈夫なのか……。そんな心配は無用でした。「大人力」に満ち満ちた街・ウィーンは、おっさんをあたたかく迎え入れ、大切なことをたくさん教えてくれました。

 スパークリングワインの「シュルンベルガー」は、19世紀前半に創業したオーストリア最古の製造所。創業者はフランスでシャンパンの製法を学んだとか。当初は「シャンパン」として販売していましたが、20世紀の初めにフランスが「シャンパーニュ地方で決まった品種のブドウで決まった製法で作ったもの以外は、シャンパンと名乗ってはいけない」と言い出します。おかげで「スパークリングワイン」として売らなければならなくなりましたが、説明してくれたハンサムさんは、恨みがましい様子を見せたりはしません。

「シャンパンと名乗れなくなったおかげで、使うブドウの品種の選択肢が増えたし、製法の縛りもなくなりました。より純粋に『おいしさ』を追求できるようになったのです」

 おおむねそんなことを話してくれました。これはまさに、おっさんとして肝に銘じたい姿勢であり心意気。私たちおっさんも、無理に若ぶる必要がなくなった瞬間、いろんな縛りから解き放たれて一気に自由になれます。気取った店や気取った会話なんてものにこだわらず、純粋に自分の好みや安さで店を選んだりダジャレをかましたりできます。

 しまった。このままでは「シュルンベルガー」のスパークリングワインに、おっさん臭いイメージがついてしまいかねません。言うまでもなく、極めて上品で繊細なクセになる味わいだし、ラベルのデザインもめちゃくちゃオシャレ。お祝いなどのプレゼントにピッタリです。勝手におっさんとしての姿勢や心意気を学んで、本当に申し訳ありません。

 お酒つながりでいくと、ワイナリーの「ヴィーニンガー」でも、おっさんの目からうろこがたくさん落ちました。ぜんぜん知りませんでしたが、ウィーンのワインと言えば「ゲミシュターサッツ(混植混醸)」が特徴。もともとは、いろんな種類のブドウを植えることで、害虫や天候不順のリスクに備えようということで始まったそうです。

 80年代ごろは「ゲミシュターサッツ」に安酒のイメージがついてしまい、若くて血気盛んな醸造業者たちは「単一品種でもっと上質なワインを作りたい」と、そっちにシフトしようとしました。しかし、父親や祖父たちは大反対。「ゲミシュターサッツを大事にしろ」と強く意見します。若者たちもいちおう親たちの顔を立てておくかと、畑の一部にゲミシュターサッツ用のエリアを作りますが、とくに力は入れていませんでした。

 いよいよ醸造が完了。精魂込めて作った単一品種のワインは、たしかに見事な出来栄えでした。ところが、栽培も醸造も片手間でやった「ゲミシュターサッツ」のワインは、それよりもずっとおいしかったそうです。このことをきっかけに、若者たちも「俺たちがやるべきは、すっかりイメージが悪くなっている『ゲミシュターサッツ』の復活なんじゃないか」と決意。苦難を乗り越えて、世界的にも知られる存在に育て上げました。

 いろいろ試飲させてもらったワインは、どれも芳醇だけどスッキリしていて、混成チームの持ち味が存分に発揮されていたように思います。おっさんとしては、ウィーンのワインから「混ざっている大切さ」を学びたいところ。部下の中にちょっと困ったタイプがいても、上司にせよ妻にせよひとりの人間の中に困った部分があっても、全体的にはむしろそこが強みになったり魅力になったりするはず……と自分に言い聞かせましょう。

 また、自分自身が仕事のチームでひとり毛色が違っていたり、飲み会の席で浮いていたりすることも少なくありません。そんな時は「ゲミシュターサッツと同じで、多様性があるからいいんだ!」と自分に言い聞かせれば、居たたまれなさを覚えずに済みます。「混ざっている大切さ」を信じる気持ちは、おっさんをいろんな場面で救ってくれるはず。

 世界遺産に指定されている旧市街の街並みからは、古いものを大切にしよう、古いことを尊重しようという姿勢がひしひしと伝わってきて、勇気と希望を授かった気がします。街角のパブでタトゥいっぱいの店員さんに、どう言っていいか迷った末に「おねえさん、すいません、ビールちょうだい」と日本語で話しかけても、ニッコリ笑ってなんとかしてくれようとするあたたかい対応は、大人の余裕や懐の深さにあふれていました。

 おっさんが行っても若者が行っても、それぞれにウィーンからたくさんのことを学べるでしょう。ウィーンも喜んで歓迎してくれて、まさにウィーン・ウィーン。……いや、おっさんとしての勇気や心意気をウィーンに教えてもらったおかげで、果敢に繰り出すことができました。スベっても悔いはありません。