戊辰戦争の際に西郷隆盛と協議して江戸無血開城に導いた幕臣・勝海舟(1823〜1899)は、明治維新後も新政府で要職を歴任した。しかし台湾出兵(1874年)に反対して公職を辞し、その後は“政治評論家”に転身した。

「東京・赤坂の氷川神社の近くに住み、『海軍歴史』などを著わす傍ら、伊藤博文らの政策をこきおろす“辛口評論家”だったようです。

 そうした言論活動の一方で、屋敷住み込みの女中に次々に手をつける“絶倫爺さん”だったという記録があり、本妻から同じ墓に入るのを拒まれたという逸話もある。1899年、風呂上がりに便所に行った際に倒れ、そのまま息を引き取った。最期の言葉は『これでおしまい』でした」(歴史作家の青山誠氏)

 歴史教科書から受ける「明治維新の幕府側功労者」という印象からは、想像もつかない晩年だった。

※週刊ポスト2017年8月11日号