食への意識は世界的に高まっている。健康、ひいては人生へのインパクトを考えれば当然だが、折りに触れて過剰な反応が起きることもまた事実である。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が指摘する。

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 今年の6月からアメリカでトランス脂肪酸の食品添加が禁止される。これを受けて明治や雪印メグミルクなど、大手乳業メーカーが続々と「トランス脂肪酸フリー」に舵を切っている。

 トランス脂肪酸はマーガリンの固さの調整に使われる「部分水素添加油脂」に多く含まれる成分で、液体の植物油などを固める加工過程等で生成される。摂取しすぎると心臓疾患などのリスクを高めると言われているが、異論もある。

 乳業メーカーはホームページ上でトランス脂肪酸にまつわるQ&A方式のコンテンツを製作。そこに書かれた文言は”アンチ”に対して懸命の説得をするかのような趣がある。

「自然に生成する反芻動物由来のトランス脂肪酸は、心疾患との関係性が低いと考えられており、『日本人の食事摂取基準(2015年版)」の中にも、「冠動脈疾患のリスクにはならないことが多くの研究で示されている』との記述があります」(明治ホームページより)

 実は国内のマーガリンに含まれるトランス脂肪酸は、年々減少傾向にあった。「(日本よりも基準が厳しいとされる)諸外国でも問題視されないレベル」という声もある。そもそも日本人にとって、トランス脂肪酸は目くじらを立てるほどの大問題なのだろうか。

 ちなみにマーガリンを加工する際、トランス脂肪酸を減らすと、冠動脈疾患や動脈硬化、LDL(悪玉コレステロール)との関連が疑われる飽和脂肪酸が増えるという。実際、国内のマーガリンにおける飽和脂肪酸の含有量は増加傾向にある。

 さらに言うと、バターやラードに含まれる飽和脂肪酸を直ちに悪者扱いすることにも微妙な側面がある。1991年に発表された「ヘルシンキビジネスマン研究」というフィンランドの大規模追跡調査では「動物性脂肪とコレステロールの摂取を減らし、植物油を増やす」(※)という食事指導をしても、10年後のコレステロール値は変わらなかった。それどころか15年後の調査では、指導しなかった群よりも介入群の心臓病の死亡率が2.4倍にもなるという結果が出てしまっている。

【※介入群には、エネルギー、飽和脂肪酸、コレステロール、アルコール、砂糖を控え、代わりに高度不飽和脂肪酸(リノール酸)、魚、鶏肉、仔牛肉、野菜を摂るよう指導し、さらに運動も勧めた】

 脂肪酸についての研究はまだ途上だ。トランス脂肪酸について書かれた「食べるプラスティック」「狂った脂肪」というキャッチーな見出しを見ると、つい恐れを抱いてしまうのが人間心理というもの。

 だが、農林水産省は「日本人において、一番の問題と考えられているのは、食塩のとりすぎ」と断言している。「タバコ=悪」の構図が確立されたと思ったら、次なるやり玉にアルコールが挙げられそうな雰囲気もある。海外に目を向けるとイギリスでは、この4月から清涼飲料水に含まれる砂糖の量に応じて課税される「砂糖税」が導入される(イギリスの糖尿病の罹患率は世界205の国と地域中163位。157位の日本よりも低い)。

 極論すれば、どんな食べ物でも摂りすぎれば毒になる。栄養における、英雄と犯人は紙一重。そして健康被害にまつわる犯人探しは永遠に続く。