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萩原健一さん、松田優作さんなど新人俳優の登竜門として知られていたドラマ『太陽にほえろ!』(日本テレビ系)のスニーカー刑事(五代潤)役に抜てきされ、一躍人気俳優となった山下真司さん。

1984年にはドラマ『スクール☆ウォーズ〜泣き虫先生の7年戦争〜』(TBS系)に熱血教師の滝沢賢治役で主演するなど、ドラマ、映画に多数出演。『くいしん坊!万才』(フジテレビ系)では約4年間リポーターをつとめ、幅広いジャンルで活動。最近ではクイズバラエティー番組『東大王』(TBS系)で難読漢字の正解率の高さも話題を集めている山下真司さんにインタビュー。

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◆売れっ子モデルで月収100万円!夜な夜なディスコで美女と…

高校生の頃から俳優になりたいと思うようになったという山下さん。俳優では生計をたてるのが難しいと考え、まずは高身長とルックスをいかしてモデルとして活動を始めることに。

「劇団に入っちゃうと、他のバイトをしなきゃいけないでしょう?それはちょっとつらいなと思って、モデルを始めたらうまくいっちゃったから、『これはいいなあ』と思って(笑)」

−かなり売れっ子だったそうですね−

「まぁまぁね。トップにはなれなかったけど。あの頃は草刈正雄さんがトップだったから、2番手ぐらいの感じ。でも、色々な雑誌の表紙を飾ったり、ファッションショーとか、ありとあらゆるカタログに出たりしていました。

だから多いときは月収100万円近く稼いでいましたね。毎日きれいな女の子がくるし、そこそこ裕福だったから、ほとんど毎日のようにディスコとかに遊びに行っていました。

だから、あまりやめたくないという思いもあったけど、何か心のなかに物足りなさもあったし、いつまでもこれは続かないなぁと思って。

だったら役者にトライしようと思って、意外と遅かったんだけど、25歳のときに文学座を受けたら受かったんです。文学座に落ちたらもうやめようと思っていたんですよ。落ちたらもうしょうがないなあと思って」

−そして『太陽にほえろ!』のオーディションに?−

「そう。文学座に受かって1年研究生でいて、『太陽にほえろ』のオーディション。2回オーディションがあって、最初は北海道の撮影に合流してのテスト。

朝5時半起きなのに、スタッフは活動屋さん(映画製作に携わる人)だから『来い!』みたいな感じで1時か2時くらいまで飲んで、10人くらい一緒の部屋に放り込まれて。

モデルをやっているときには、ロケに行くと必ず個室だったのが、10人部屋だから、酒のにおいはすごいし、いびきと歯ぎしり、寝言で全然寝られなくて、2時間ぐらい寝て5時ごろ起きて行って、7時か8時ぐらいにはオーディション」

−2回目のオーディションは?−

「2週間ぐらい経って、今度はちょっとセリフの多い役が来て、竜雷太さんと一緒にいる新人刑事役。それが最終オーディションだったみたいなんですよね」

−ご自身では次の新人刑事に決まる自信はありました?−

「全くないですよ。何人か候補がいるって聞いていたし、モデルやってチャラチャラしていた俺はもうダメだなって。

文学座に入ったのも『太陽にほえろ!』に出たいと思ったからなんです。当時は新人のスターの登竜門でしたからね。ショーケンさんと優作さんが築いた道というか。

石原裕次郎さんも出ているし。視聴率もすごい良かったから出たいなぁと思って文学座に入ったわけですよ」

−新人刑事役に決まったと知らされたときはどうでした?−

「両親にすごい恩返しができたなあと思った。俺はおやじが50歳のときの子どもだから、両親がもう高齢だったんですよ。おやじが70いくつで、田舎に帰ってきて欲しいみたいなことをよく言っていたんだけど、それを振り切って東京に行ったんですよね。

電話で出ることが決まった話をしたらすごい喜んでくれて、これでちょっとホッとしました」

※山下真司プロフィル
1951年12月16日生まれ。山口県出身。モデルとして活動後、文学座の研修生となり、1979年、『太陽にほえろ!』にスニーカー刑事(五代潤)役でレギュラー出演。『スクール☆ウォーズ』、『男女7人秋物語』(TBS系)、映画『新・極道の妻たち 惚れたら地獄』(1994年)、映画『柴公園』(2019年)、『くいしん坊!万才』などテレビ、映画に数多く出演。クイズ番組『東大王』では驚異の難読漢字正解率で話題を集めている。

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◆念願の『太陽にほえろ!』の新人刑事役に。しかし、四苦八苦の日々が…

新人スターの登竜門で俳優を目指す誰もが熱望していた『太陽にほえろ!』の新人刑事役に抜てきされた山下さん。しかし、撮影現場は想像をはるかに超える厳しさだったという。

「チャラチャラしていたのが、いきなりきつい体育会系の世界に放り込まれたみたいな感じでしたから、慣れるのに相当大変でしたね。ちょっと甘く見ていたというか」

−でも文学座で研修を受けていきなり『太陽にほえろ!』の新人刑事というのはすごいですよね−

「もうそれは本当にえらいことになったなぁと思いました。うれしさは本当につかの間で、実際に入ってみたら、こんな大変な世界があるのかなって。

2年近くやったんですけれども、ほんとに雨が降ったらうれしかったですもん。撮影がお休みになるので。雨が降ると『やったー』と思っていました。それぐらい結構つらかったですね」

−結構苦労されたのですね?−

「結構なんてもんじゃない。本当に最初の1、2カ月は肩がカチカチになるし、フィルム撮影だったんですよね。NGを出すとフィルムがパーになってしまうので、カメラマンとスタッフがものすごい嫌うんですよ。

だからセリフは完璧に覚えてないといけない。『100回読んでこい』ってよく言われました。スタジオにはボス(石原裕次郎)以外は台本を持ち込めなかったんですよ。だから裏でチェックして。

『太陽にほえろ!』で鍛えられたから、俺はNGをいまだにあまり出さないですね。しっかり覚えるという癖がついているから」

−共演者の皆さんもそうそうたるメンバーですしね−

「人数が多いでしょう?みんなの顔に当たるライトをさえぎるわけにいかないから立ち位置とかに注意しないといけないんだけど、ど素人だからそれが大変でね。

モデルだと自分がメインだから自分にライトを当ててくれるんだけど、7人もいると立ち位置とか動きも全部、チェックしないといけない。

撮影はボスが出ているシーンをまず撮って終わって、お偉いさん順にだんだんと終わっていくんですよ。

最後に残されるのは新人で、夜12時とか1時を過ぎるじゃないですか。そうするとだんだんとスタッフも機嫌悪くなってきて、『お前何やってるんだ?』みたいな感じで(笑)。

だからもう緊張に始まってホッとする間もなく、次の日が来るという感じでしたけど、それでも朝は走っていましたよ。30分ぐらいジョギングして、それから行ってましたからね。若かったんだね(笑)」

−石原裕次郎さんはどんな方でした?−

「すごい貫禄でした。やっぱり銀幕のスターと言うのは背負ってるものが違うんでしょうね。40代というとまだ若いじゃないですか。だけど、若さというよりも貫禄を感じましたからね。周りのスタッフの接し方も全然違っていて、スペシャルだったんですよね。

ボスは1週に2本撮りするんですよ。だから2本分を1日で撮るので、毎週お会いできるわけではなかったんだけど、いらっしゃるときは朝あいさつに行くじゃないですか。

そうすると、『お前、名前は何ていうの?』って言うから『山下真司です。よろしくおねがいします』って言うんだけど、毎回なんですよ。だから、からかってるんだなって思って。

それで、『今日のストーリーはどうなってるんだ?俺台本読んでないから説明してくれ』って言うんですよ。

それで俺がストーリーを話すんだけど、あれは俺がちゃんと頭に台本が入っているかどうかチェックしていたんでしょうね、きっと。

台本を読んでないって言うけど、ボスだけは台本を七曲署(撮影現場)に持ち込めたんですよ。それで引き出しのなかによく台本を入れていたんですけど、見てみたら結構赤線が引いてあって。だからちゃんと読んでるんですよね」

−ほかの皆さんは台本を持ち込めず−

「持ち込めない。だからそれだけで厳しいじゃないですか。それでNGを出すと機嫌悪くなるから(笑)。

それはもうやっぱり肩は凝るし心臓がバクバクするし。だって新人刑事で『七曲署に配属になりました◯◯です』って名乗るセリフが、ボスの前で一発OKが出た人ってなかなかなかったみたいですよ。

優作さんは別格だったみたい。優作さんは亡くなる前の後半の演技と『太陽にほえろ!』の演技を比較してもあまり変わらないですからね。だからやっぱりすごいなぁと思って。もう亡くなってしまいましたけど、ボスと優作さんは本当にすごいですよね」

−優作さんとお会いになったことは?−

「国立競技場にジムがあって、そこで1回だけ会ったんですよ。撮影ではもうずいぶん早くに卒業されていたので一緒になることはなかったんだけど、出身が同じ下関なんですよね。だからあいさつをしたら、『おーっ』ていう感じで。細マッチョですごい身体をしていましたよ」

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◆スタッフはバリバリの体育会系、ロケ先では必ず酒盛り

放送が始まると新人刑事・スニーカーは注目を集め、広く顔と名前を知られるようになり、遊びにも行けなくなってしまったという。

「刑事役じゃないですか。だから今まで遊んでいたところにもいけなくなってしまいました。モデルのときは誰も知らないから結構遊びに行っていたんですけどね。

一度、ロケで鹿児島に行ったときに一人で遊びに行ったんですよ。東京じゃ遊べないので、遊びに行ったっていうか、フラフラして飲みにね。

それで部屋に帰ったらプロデューサーから電話がかかってきて、『どこに行っていたの?』って言うから、『ちょっと遊びに』って言ったら、『お前何考えてるんだ?太陽にほえろという会社に入っているんだから、勝手に行動するな』って言うんですよ。

だから『夜は自由じゃないですか?』ってひとこと言ったら、『お前そういう口答えをするんだったら、みんなの前で土下座して謝らせるぞ』って言われましたからね。

それで結局、飲み会は先輩の前に正座して泣くまで帰してくれないみたいな感じで、ちょっとしたもうパワハラですよ。飲んでも酔わない。俺は泣かなかったから最後まで帰してもらえなかった。

朝4時とか5時まで飲んで、それで7時にはもう撮影。朝早いので、夜12時ごろ寝ていると、電話がかかってきて『来い!』って言われて、それがドラマの世界という感じでしたね」

−飲みに行かないとどうなるんですか?−

「行かなかったらどうなるんだろうって思って、1回行かなかったんですよ。そうしたらカメラマンが酔っ払ってドアをバンて開けて、履いていたスリッパを投げつけてきましたからね。『何やってるんだ、お前は。来い!』って(笑)。

今とは違ってそんな世界でしたね。だから、ロケに行くと毎日午前3時、4時、5時まで飲んで、よくあれで次の日走れたなあって思いますよ」

−アクションシーンもかなりありましたけど、ケガなどは?−

「しましたよ。路地で犯人を追いかけて、狭いところでカメラを飛び越えてジャンプして着地したときに、バキッて音がしたんですよ。それで折れたのかなって思ったら捻挫(ねんざ)」

−捻挫でもそんな音がするんですか?−

「したんですよ。でも、1日休んだだけで固定して撮影。だって休めないでしょう?出ているわけだから。勘弁してくれない、全然。

今でも覚えているけど、アクションシーンも、本当に危ないときは吹き替えの人がやってくれたんだけど、4階建てのビルから1m50cmくらい離れたビルにジャンプして飛ばさせられましたからね。下から撮ってるんですよ。落ちたら死ぬじゃないですか」

−下から撮っているということは、マットは?−

「もちろんない。カメラが下から撮ってるんだもん。股ぐらしか映っていないのに、自分でやらされましたからね。『落ちたら死ぬぜ』みたいなのが結構ありましたよ」

−今の時代にはありえないほど過酷でしたね−

「過酷でしたよ。でも面白かったのはカースタント。結構バーッと飛ばして、自分でできるじゃない。

今でも覚えてるんだけど、飛ばしすぎてスピンしてガードレールにぶつかったなんてこともあったけど、カースタントは面白かったなあ」

−約2年間スニーカー刑事をやられて、卒業することになるわけですけど、そのときはいかがでした?−

「寂しさが半分。2年間毎日ですから、やっと肩の荷がおりたなみたいな安堵(あんど)感と、『当分刑事役はいいな』みたいな生意気な感じになっていました。

なんだかんだNHKの大河とか、朝ドラとかで忙しかったですから、あまりリラックスする時間もなかったですね」

多いときには4本のドラマの撮影が同時に行われていたという。次回後編では青春ドラマの金字塔『スクール☆ウォーズ』や『くいしん坊!万才』の撮影裏話、『東大王』の難読漢字驚異の正解率の秘訣(ひけつ)も紹介。(津島令子)