「絶対きれいになってやる!」とつぶやくエステのCMや主演ドラマ『私の運命』(TBS系)で注目を浴びた坂井真紀さん。

キュートな笑顔で人気を集めるが、2001年から『水10!ココリコミラクルタイプ』(フジテレビ系)に6年間レギュラー出演し、コメディーセンスを発揮したユニークな演技が話題に。2004年、舞台『髑髏城の七人』(劇団☆新感線)に出演。2008年には自らオーディションに参加を希望して若松孝二監督の映画『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』に主演するなど、新たな挑戦を続けている。

◆バラエティ番組でコメディーセンスを発揮

坂井さんは2001年に放送がはじまったバラエティ番組『水10!ココリコミラクルタイプ』に2007年の放送終了までレギュラー出演。この番組は視聴者から投稿された体験ネタをもとにしたコメディー芝居に出演陣が体当たりで挑む姿が話題に。

−いろいろなキャラに挑戦されていましたね−

「6年間、さまざまなキャラクターをやらせていただきました(笑)。当時、プロデューサーの方が『こういうことをやりたいのです』とお話に来てくださったのですが、はじめはとても悩みました。まったく未知の世界でしたしね。でも、飛び込んでみました(笑)。6年間、週に一回のペースでコントの収録をしました。

ドラマや映画の台本とはやはり書かれ方が違いますからね、台本の覚え方も普段のようにはいきません。いつもと違う筋力を使う感じで、間やテンポもとても重要ですから役者として鍛えていただきましたし、本当に勉強になりました。松下(由樹)さんは何をやられてもお上手で、あの松下さんのお芝居を間近で見られたのは貴重な時間でありましたし、すごく幸せでした」

−松下さんもですが、坂井さんもすごかったです。こういうこともやるんだと驚きました−

「驚きましたか(笑)。自分でも新たな発見がありました。今、現場で若いスタッフの方にお会いすると、『ココリコ見ていました』と声をかけていただくことが多くて、勝手にココリコ世代と呼んでいます(笑)。そういうココリコ世代の方が結構いらっしゃるんですよね。6年間やっていたので。長いですものね6年って、たくさんの方々に見ていただいていたのですよね。

しかし、俳優としての作品を『見ていました』と言われるのではなく『ココリコなんだね』と。ちょっと複雑な感じもします(笑)。でもまあ、それはそれでうれしいんですがね」

−あの番組に出たことでコミカルな役が増えたというようなことはありますか?−

「そうですね。『ココリコミラクルタイプ』でやっているような役を求められること、増えたかもしれません。演出の方をはじめとしてスタッフさんたちも本当に優秀でしたし、ココリコのお2人もすばらしいですし、そういった恵まれた環境のなかでやらせていただいていたので、みなさんのおかげで少しコメディーができる人に見えたかもしれません(笑)。コミカルな役をやらせていただくのは大好きですけど、一番難しいですよね」

−シリアスな役柄からコメディータッチのものまで幅広く演じてらっしゃいますね−

「いろいろな役をやらせていただいていますね。幅広く見えていたらうれしいです(笑)」

◆「劇団☆新感線」の舞台で鍛えられ

2004年、坂井さんは「劇団☆新感線」の舞台『髑髏城の七人』に出演。舞台の仕事に携わるようになって大きく変わったという。

「90年代はじめ、つかこうへいさんの舞台をよく見に行っていまして、めちゃくちゃかっこいいなぁと舞台への憧れはありました。最初に出させていただいたのは、新宿の『シアターサンモール』で、20歳そこそこのときだったんですけど、何もわからないまま何もできないまま千秋楽を迎えた感じでした。情けなかったです。

そのあと『劇団☆新感線』の『西遊記』という作品に出させていただいたんですけど、歌も踊りも殺陣も下手。『チケットを買って来てくださった方に謝りたい』と毎日思っていました。舞台での表現方法がまったくわかっていなく、悔しいけれど体は動かないですし、本当に私はもう一生舞台にあがっちゃいけないなと思いました。

さらに、舞台の最中に足をケガしてしまって。最後のほうは足を少し引きずって舞台に立つみたいな感じだったので、本当に申し訳なくて申し訳なくて。共演者やスタッフさんの目が見られませんでした。

その後、『西遊記』でもご一緒だった古田新太さんが、『お前さ、あれで終わるな』って言って『髑髏城の七人』に誘ってくださったんです。もう二度とチャンスはいただけないと思っていたので、『髑髏城の七人』は本当に死ぬ気で頑張らなければいけないと思って臨んだ作品です」

−かなりハードな舞台ですが、いかがでした?−

「見に来てくださった方々にも、スタッフにもキャストにも申し訳ないと思いながら舞台に立つなんて、非常に非常に残念すぎる状況です。申し訳ないと思ってできない自分を恥じたり、悔しい気持ちになってる暇があるなら稽古するのみですよね。

だから、ハードな舞台ですけどツライ気持ちはなかったです。二度とチャンスはないと思っていた『劇団☆新感線』のみなさんと一緒に舞台に立てることがうれしくてたまりませんでした。

女優になって10年ぐらい経っていましたが、ドラマや映画の現場で怒られたり注意されたりすることは少なくなっていました。舞台の稽古ではたくさん恥をかきます。女優としても人間としてもありがたい必要な時間だと思います。

舞台に立っているその姿は、お客さんに全部見られて隠せませんよね。立ち姿、生き様、見られてしまいます。技術的にできていないところともしっかり向き合える時間です。どんどん恥をかいて成長せねばと、舞台にどんどん立たなければと思うようになりました」

その後、坂井さんは『立川ドライブ』(THE SHAMPOO HAT)、『ジェットの窓から手を振るわ』(月影番外地)、『鋼鉄番長』(劇団☆新感線)など多くの舞台に出演することに。

◆凄惨な“総括”リンチ殺人の被害者役に

舞台で新境地を開拓した坂井さんは2008年、若松孝二監督の映画『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』に主演。かねてから若松監督の作品に出演したいと思っていたという。

この作品は連合赤軍による“あさま山荘事件”と、連合赤軍の同志たちによる凄惨な“総括”リンチ殺人を描いたもの。坂井さんが演じたのは、リンチ殺人で命を落とした被害者の女性メンバー。

革命を夢見ていた若者たちをあのような行動に至らしめたものは何だったのか。実録タッチで生々しく映し出す衝撃作は国内だけでなく、2008年の「ベルリン国際映画祭」で最優秀アジア映画賞と国際芸術映画評論連盟賞を受賞するなど海外でも高い評価を受けた。

「私は若松監督とぜひ一度仕事をしてみたいと思っていました。『ずっとあなたが好きだった』(TBS系)でご一緒させていただいてから仲良くしてくださっていた佐野史郎さんが若松監督の作品にいつも出られていたので、いろいろお話を聞かせていただいていたんです。『どんな監督なんですか? どんな現場なんですか?』ってしつこく(笑)。

それでちょうど佐野さんとお食事をしたときに『今、オーディションやっているよ』って聞いて、『私もみんなと同じ条件でやらせてもらうからオーディションに行ってもいいかな?』とお願いしたんです」

−あの役はオーディションだったのですね−

「そうです。全員オーディションでした。そうじゃない人は佐野さんだけだったんじゃないかしら」

−井浦新(当時はARATA)さんも出てらっしゃいましたね−

「はい。新君も若松監督が大好きですからね」

オーディションに合格した坂井さんは、大学在学中に赤軍派に参加し、連合赤軍幹部らによる山岳ベース事件によって25歳で亡くなった赤軍派メンバーの女性を演じることに。

−ご遺体が発見されたとき、顔面がひどく傷つけられていたということで、リンチ事件の凄惨さにがく然としました−

「そうですね。言葉が出ないですよね」

−撮影しているときはいかがでした?−

「撮影が続いていくなかで精神的に追い詰められた部分もありましたが、若松監督自身の私が演じた役の方への強い思いもありましたし、私もやらせていただくにあたってとにかく真摯(しんし)な気持ちでのぞみたいと思っていました」

−山岳ベースでの訓練シーンも過酷そうでした−

「山の中の宿にみんなで泊まって、撮影で着る洋服の管理もそうですし、自分のことはすべて自分でやり、撮影が終わるとみんなでそれぞれの役や当時のこと、事件のことについて話し合ったりしました。撮影の内容が過酷になっていくとみんなの口数も減り、あの時代のあのときを疑似体験しているような濃厚な毎日でした」

−若松監督が「これだけは撮らずに死ぬわけにいかない」とおっしゃって、自宅兼事務所を抵当にいれるなど私財を投じて撮られたそうですね−

「そういうところもすてきな監督ですよね。映画の中で壊したあさま山荘は若松監督の別荘なんです(笑)」

−あの作品に出たことによって坂井さんのまた新たな一面が−

「作品を通して、大きなすばらしい経験をさせていただきました。若松監督が映画を作るために奮闘している姿や映画への思い、豪快な撮影現場もそばで見させてもらえましたし、熱い気持ちをもったスタッフやキャストとともに同じ釜のメシを食べて、一緒に生活して作品を作れるって最高です。なかなかできない本当に貴重な時間をいただきました」

−本当に身を削って命をかけて映画を作っているという感じの監督でしたね−

「そうですね。でも、いつも楽しそうなんですよね。豪快に笑い豪快に怒る(笑)、愛のある怒鳴り声がすてきなんです。撮影中もキャストに鍋をふるまってくださって、いろいろなお話をしてくださったり、作品作りに対する大きな愛を感じました」

−現場で怒られました?−

「比較的私は怒られなかったですけど(笑)。ちょっとテンポよくポンポンセリフを言っちゃったりすると、『テレビの芝居をしているんじゃないよ! ドラマじゃないんだよ』って怒られたりはしました」

この作品で坂井さんは、第18回日本映画批評家大賞助演女優賞、第23回高崎映画祭特別賞を受賞。映画『ノン子36歳(家事手伝い)』(熊切和嘉監督)、映画『スープ・オペラ』(瀧本智行監督)、ドラマ『かなたの子』(WOWOW)などに主演。映画、ドラマ、舞台と幅広いジャンルで活躍。

次回後編では、6月4日(金)に公開を控える映画『はるヲうるひと』の撮影裏話、コロナ禍での日々、自身も幼い娘をもつ坂井さんが我が子を殺害した母親役を演じた『かなたの子』の撮影エピソードも紹介。(津島令子)

スタイリスト:梅山弘子(kiki inc.)
ヘアメイク:ナライユミ