過去に大きな失敗をやらかした“しくじり先生”たちが自らのしくじった経験をさらけ出し、人生の教訓を伝授してくれる反面教師バラエティー『しくじり先生 俺みたいになるな!!』。

9月20日(月)の放送では、アルピニスト・野口健による授業の後編をお届け。

野口がエベレストで2回目の死の淵にたった壮絶しくじりを振り返り、そこから学んだ人生の教訓を語った。

◆2度目のエベレスト挑戦を決めた理由

前回、エベレストで死にかけた1回目の体験について講義した野口。

スポンサーや世間からの大きな期待に応えようとして無謀な登山に挑んでしまい、意識不明になりながら下山したしくじりをぶっちゃけ、「攻めてばかりではダメ。休むことも大切」と訴えた。

今回は、そんな1回目のしくじり直後から振り返っていくことに。

シェルパに助けられ、瀕死の状態で下山した野口。当初は「もう登山から逃げてしまおう」と考えていたが、次第に「やっぱり俺にはエベレストしかない」という気持ちが湧き上がってきたと明かす。

この心変わりにスタジオも「えぇー!?」と驚くが、野口は「挑戦するのも怖いけど、挑戦をやめて“何もない自分”に戻るのはもっと怖かった」と当時の心境を振り返った。

再びゼロから資金提供を募り、2回目のエベレストに挑んだ野口。前回の失敗を教訓に、地形も特徴も異なるネパール側のルートを選択。途中、雪崩の危機を奇跡的に回避しながら順調に最終キャンプに入った。

◆死をまぬがれたのは香水のおかげ?

しかし、野口いわく「登山は順調なときほど、想定外の事態が起こるもの」。

残り400メートル、所要時間があと2時間というところで、想像を絶する猛吹雪に直撃され、登山中断の危機に襲われてしまったのだ。

世界最年少記録がかかった2回目の挑戦、あきらめればここまで使った1000万円が台無しという状況で、迷いに迷った野口。

「みなさんだったらどうしますか?」と問いかけられた生徒たちは「ここまで来て下りるの嫌だな」「俺だったら行きます!」などの続行意見が相次ぐ。

野口もこのとき登頂続行を決めかけていたが、ふとポケットに入れていた“あるもの”の存在を思い出したという。それは、当時の恋人からお守りとしてもらった香水。

岩陰でその香りをかいだところ「帰ってきて!」という彼女の言葉がどこからか聞こえ、その瞬間、下山を決意したと打ち明けた。

しかし、それまでともに登ってきたスペイン人の相方は「俺は行く」という意見を曲げずアタックを続行し、野口とシェルパは山を下りるという道を選択。

その後、彼は遭難し、別の登山隊に助けられたものの手指は凍傷で真っ黒…。数日後に再会し変わりはてた相方の姿を見たとき、野口は「自分の決断は間違いではなかった」と思うことができたと語った。

◆下山した自分の勇気を褒めてあげたい

しかし、2度のエベレスト登頂に失敗した野口を待ち受けていたのは猛烈なバッシングだった。

帰国後、記者会見で厳しい言葉を投げつけられたとき、胸に浮かんだのは「登ったら成功、登れなかったら失敗というが、そんなに薄っぺらなものじゃない」という気持ち。

そして「目の前の挑戦が人生のすべてではない。生まれてから死ぬまでトータルで考えて51%うまくいったら、成功。ならば49%は失敗してもいいんだ」という思いだった。そう考えたとき、「極限状態で下山すると言えた自分の勇気を褒めてあげたい」と思ったと明かした。

また、自由を求めて登山をはじめた野口は、下山しながら“自由とは何か”自分自身と対話したと告白。行きついたのは、“自由を選ぶならその先に生まれる責任までをもきちんと受け止める決意が必要”という考え。

そんな責任を胸に翌年、3度目のエベレストに挑戦した野口は見事登頂成功。7大陸最高峰制覇の世界最年少記録(当時)を樹立した。