テニスの現役を退いてから、“応援”することを生きがいにしている松岡修造。

現在は東京オリンピック・パラリンピックに向けて頑張る人たちを、「松岡修造の2020みんなできる宣言」と題して応援している。

ニッポンが誇る名物応援団長、“オリンピックおじさん”こと山田直稔さん。2019年3月に亡くなるまで、半世紀以上にわたりオリンピックを現地で応援してきた。

亡くなる3か月前に修造が話を聞いた際には、応援の真髄について「たくさんの人をよろこばせた人がしあわせになる」と語っていた。

そんな“オリンピックおじさん”の魂を継いだ2代目が登場したという。

その姿を目にした修造は思わず声をあげた。「おじさんはいくつですか?」と聞くと「13歳です」という答えが。

彼は、初代オリンピックおじさんの孫で、2代目の山田藏之輔さん、現在中学2年生だ。初代オリンピックおじさんの5人いる孫のなかでもとくに仲良しだったそう。

祖父の応援をどう思っていたのか、修造が聞いてみると…。

「すごいな!って。笑顔で世界の人をしあわせにするというところじゃないですか。東京オリンピックは一緒に行こうと言っていたので、亡くなったのはすごく残念でした」

◆祖父の遺志を継いだ理由は…

そんな藏之輔さんが2代目を宣言したのは、親戚一同が集まった葬儀のときだった。

「亡くなってはじめて、おじいちゃんの顔を見たときに決めました。ここで途切れてしまったら、おじいちゃんがやってきたことがムダになる。おじいちゃんもかわいそうじゃないですか。だから僕が受け継げたらいいなって思いました」

“オリンピックおじさん”を受け継ぎたい。さらに、藏之輔さんにはそう思った最大の理由があった。

実は、藏之輔さんは現役の体操選手でもあり、埼玉県の大会で個人と団体の二冠に輝く実力者。生前の祖父にメダルを見せたときは、「すごくよろこんでくれて。それがうれしかった」という。

「応援って、自分が体操の試合しているときでも聞こえてくるんです。その声が自分の背中を押してくれる」

おじいちゃんのように人をよろこばせたい。それが、2代目になった最大の理由だった。

◆オリンピックは「しあわせの集まり」

そんな2代目オリンピックおじさんは、いよいよ来年オリンピックで応援デビューをはたす。その競技は、くしくも56年前に初代オリンピックおじさんがはじめて応援した女子バレーボールだ。

「ちょっと、応援の練習してみる?」と修造が提案すると、藏之輔さんは「がんばれ! 日本! ファイト!!」と大きな扇子を手に声をあげた。祖父の映像などを見て研究したという。

「僕の動きとか恰好を見て、おじいちゃんを思い出してほしいし、たくさん笑顔の人がいると、まわりも笑顔になれるじゃないですか」と意気込む藏之輔さん。

「オリンピックはどのように見えていますか」という修造の問いかけに、「しあわせの集まりだと思います」と答えた。

山田藏之輔さんのできる宣言は「2代目オリンピックおじさんとして世界中をしあわせにする!」。

「僕が世界中をしあわせにするから見守っていてね」と祖父に伝えた藏之輔さんに、修造は「おじいちゃんは、見守ってるよ!」とエールを送った。