PRESIDENT 2017年3月6日号 掲載

「時間」という資産は、誰にとっても有限だ。ところが、その使い方は人によって驚くほど違う。いつも時間が足りない人と、仕事が終わる人の違いはどこにあるのか。「プレジデント」(2017年3月6日号)より識者の助言を紹介しよう。今回は「不本意な逆境」について――。

■やることなすこと裏目の人生

渋沢栄一といえば、明治から昭和にかけて約500の企業、そして約600の社会事業にかかわり、「日本資本主義の父」「実業界の父」として知られる偉人です。

それほど膨大な業績を残しえた人なら、さぞかし順風満帆な人生を送ったのだろう――そう思ってもおかしくないのですが、さにあらず、彼の20代まではまさしく逆境の連続。正確にいえば、やることなすこと裏目に出ていた人生だったのです。実際、彼はみずからの青年期を次のように述懐しています。

「わたしは、最初は尊王討幕(天皇を奉じて徳川幕府を討つ)や攘夷鎖港(外国を打ち払い鎖国する)を論じて、東西を走り回っていた。しかし後には一橋家の家来となって幕府の臣下に加わり、その後に民部公子・徳川昭武に随行してフランスに渡航したのである。ところが日本に帰ってみれば幕府はすでに亡びて、世は王政に変わっていた。

この間の変化にさいして、もしかしたら自分には知恵や能力の足りないこともあったかもしれない。しかし勉強の点については、自己の力一杯にやったつもりで不足はなかったと思う。それなのに、社会の移り変わりや政治体制の刷新に直面すると、これをどうすることもできず、わたしは何とも逆境の人となってしまったのである」

実際、彼が20代最後の年の正月、どのような立場にいたのかといえば、こうでした。

「尊王攘夷の志士として活躍するはずだったのに、心ならずも幕臣となり、その幕府もつぶれて失業武士として静岡にいる」

しかし、彼はここから運命を逆転させて、「日本資本主義の父」にまで上り詰めていきます。