PRESIDENT 2018年11月12日号 掲載

■恨みは誰に向けられるのか

職場のハラスメント、さらに教育の現場ではいじめも、残念ながら世の中に横行しています。「被害者に何もしてあげられなかった」「助けられなかった自分も恨まれているのではないか」と悩む人がいます。

たしかに、被害者には「なんで助けてくれなかったのか」と思う気持ちもあるでしょうが、恨みは基本的には加害者に向けられます。黙って見ていた人間の立場にはある程度納得しています。仲裁に入ったとしたら、同じように被害を受けることになったとわかっているからです。

日本人は、「自分が他人にどう見られているか」という意識が強い。そんな「公的自己意識」にとらわれているため、「助けなかった自分が悪と思われるのでは」と考えてしまう。しかし、私たちは例えばアフリカの貧困地域や、日本の災害被害地域など、困っている人はたくさんいるとわかっていても、すべてに手を差し伸べることはできません。個人のできることには限界があるのです。

それなのに、公的自己意識によって「何もできない自分を他人は非難するだろう」と責めたところで、何も生まれません。それよりも、「自分がどうしたいか」という「私的自己意識」を大事にすれば、眼の前にある「自分が助けたい」と思える状況に真摯に対応できるはずです。

例えば職場で同僚が上司からパワハラ、セクハラを受けている。そのときに自分がどう振る舞えばいいかは悩ましい問題です。

同僚を助けるため、自分も一緒に上司に抗議しなければいけない──そう口で言うのは簡単ですが、実際に行動できるかというと難しいものです。正義感は持っていても、普通はそこまで利他的になれません。