PRESIDENT Online 掲載

元Jリーガーの嵜本晋輔氏は22歳の時に戦力外通告を受けた。当時はサッカー選手としてのプライドを捨てられず、トライアウトなどを受けたが、プロには戻れなかった。その後、ビジネスの道に入り、いまでは上場企業の社長だ。嵜本氏は、なぜサッカーをきっぱり諦めることができたのか――。

※本稿は、嵜本晋輔『戦力外Jリーガー 経営で勝ちにいく 新たな未来を切り拓く「前向きな撤退」の力』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■繰り返してきた「前向きな撤退」

私には18歳でガンバ大阪に入団し、22歳で戦力外通告を受け、29歳で独立・起業しました。起業したSOUは私が35歳のとき、東証マザーズに上場しました。

SOUのメインビジネスは、ラグジュアリーブランド品を全国54店舗で展開する「なんぼや」などの店舗で個人の方から買い取って、それをリユースショップなどを営む業者の方々にオークション形式で販売する、というものですが、創業から今日まで、いくつもの挑戦と、それに並ぶほどの“前向きな撤退”を繰り返してきました。

「元Jリーガーが“上場企業社長”になれたワケ」でも一部記したように、私は起業前、父や2人の兄とともにリユース業を営んでいました。そのころは、仕入れたリユース品の9割を、他社が開催するインターネットネットオークションで、個人の方に販売していました。しかし、SOUの創業直前に、そのインターネットオークションからの「全面撤退」を私は決断しています。

私がインターネットオークションから撤退すべきだと考えた理由、それは同じ場に競合がどんどん増え、お客さまから見ると、私たちから商品を買う必要性が薄れつつあったからです。

■「愛着」は間違った判断を引き起こす

その事実は数字を見ても明らかで、そこでいかなる工夫をしても、大きく上向く可能性はほぼありませんでした。落札価格も入札数も減っているケースが目立つようになり、それまでならば3万円を見込めていたようなものが、2万5000円止まりになる、ということも増えました。

だからこそ、撤退を決めたのです。次の挑戦の場として選んだのは、BtoBオークションでした。

私たちは長いあいだ、インターネットオークションを主な販売の場としてきましたが、一部の商品については、BtoBオークションも利用してきました。これは、入札を行えるのがリユース業を営むプロに限られるオークションです。ただしそこで私たちが販売する量はごくわずかで、比率でいえば、1割ほどでした。

ですから、インターネットオークションから一瞬で完全撤退せずに、徐々にインターネットオークションからBtoBオークションへとその軸足を移行させるという選択もできました。インターネットオークションには愛着すら感じていましたから、そこでたとえば比率を1対9にひっくり返して、それを使いつづけることもできたでしょう。

しかし、愛着というのは感情です。

そして感情によってしばしば、人は判断を誤ります。