■温暖化で北へ広がる感染症

デング熱はすでに世界100カ国以上で常在化しており、毎年最大で数億人が感染していると見積もられています。とくに懸念されているのが、気候変動にともなう感染地域の拡大で、世界的にも感染者報告数が増加傾向にあります。

研究によると地球温暖化により、デング熱の感染を媒介する蚊の生息に適した環境は、今後さらに拡大すると予測されています。日本でも、東京の夏の気温はすでに熱帯と同程度となっており、ヒトスジシマカの活動期間が長くなっています。

アフターコロナの2024年には日本を訪れた外国人観光客が3687万人に達し、2025年には4000万人超が見込まれています。デング熱は、症状が出ない「不顕性感染」が全体の8割にも及ぶとされています。海外からの外国人旅行者、さらには海外から帰国した日本人が無症状のまま国内にウイルスを持ち込む可能性は高まっていると言えるでしょう。

海外でウイルスに感染した方が国内で蚊に刺されることで、国内での感染サイクルが生まれます。冒頭にご紹介にしたように、2014年には東京・代々木公園で約160人におよぶデング熱の集団感染が、国内では69年ぶりに確認されました。これは、感染した海外からの入国者と都内に生息する蚊との接点が生じた実例です。インバウンドによる経済的メリットは大きいのですが、その裏で感染症のリスクも高まっているのです。

■蚊対策:最前線の予防法

デング熱にかからないためには、公園などでヤブ蚊に刺されないことが何よりの予防法です。ヤブ蚊は、お昼前後の暑い時間帯は活動が少なくなりますが、朝方や夕方にかけて活発になります。この時間帯は注意が必要ですが、公園などでも道の真ん中で歩けばヤブ蚊はあまり寄って来ません。

ヒトスジシマカと呼ばれるヤブ蚊は、胸の中央に白い一本の縦線が通っており、「ヒトスジ(一本筋)」の名前の由来となっています。脚にも白黒の縞模様があり、全体的にスタイリッシュな見た目をしています。体長は約4〜5ミリと小さく、人の足元などを静かに狙って吸血します。ヤブや植え込み、公園などの緑の多い場所に待ち伏せして潜んでおり、水たまりや空き缶にたまった水など、ごく小さな水場にも産卵します。

ヤブ蚊に遭遇する場所や時間帯は肌の露出を避け長袖・長ズボンを着用する、虫よけスプレーや蚊取り器を使用する、住居や生活周辺のたまり水をなくし蚊の繁殖を防ぐ、といった基本的な対策が有効です。

東京都では2014年の集団感染以降、毎年6月を「蚊の発生防止強化月間」として、啓発ポスターやリーフレットの配布、モニタリング調査などを実施しています。なお、家の中に入ってくるアカイエカはデング熱を媒介しないので、家で寝ている時に蚊に刺されたといった場合、通常は心配しないでよいでしょう。また、海外へ渡航される方は、現地の最新情報を確認し、デング熱の流行地域の情報を押さえておくのがお勧めです。

屋外での蚊よけには、肌に直接塗る塗布型が最も効果的です。代表的な成分はディート(DEET)とイカリジンで、どちらも蚊の感覚器官を撹乱し、近づくのを防ぎます。ディートは高い効果を持ちますが、濃度によって持続時間が異なります。また、6カ月未満の乳児には使用できず、12歳未満での使用にも制限があり使い方に注意を要します。

一方、イカリジンは肌への刺激が少なく、敏感肌や子どもにも使いやすい特徴があります。虫が集中しやすい足首や手首、首まわりなど露出部分を中心に、均一に塗ることがポイントです。また、汗や水で効果が薄れるため、必要に応じて塗り直すことも大切です。

近年、海外ではいくつかの有望なデング熱予防ワクチンが登場しています。接種前に抗体検査をして過去に感染歴がある人に限って推奨されるワクチンが最初に開発されました。この場合、未感染の人が接種すると、逆に重症化のリスクが高まることが判明しています。また、過去の感染歴がなくても接種できるワクチンも最近開発され、東南アジアなどで導入が進んでいます。日本ではいずれのワクチンもまだ一般に導入されていませんが、今後は高リスク地域への海外渡航者では、事前に専門のトラベルクリニックでワクチン接種する時代になるでしょう。

さらに、近年では「ウォルバキア(Wolbachia)」という細菌を用いた新たな蚊の繁殖抑制技術も登場しています。この細菌に感染した蚊はウイルスを媒介しにくくなり、野外での蚊の数を大きく減らすことができます。インドネシアやブラジルでは、この方法でデング熱の発生が大きく減少したと報告されています。