コロナ禍が始まって3年間、プロレス界のリーディングカンパニーである新日本プロレスも会社経営という側面において困難な状況に直面した。

経営理念である世の中を勇気づける使命を再認識し、苦難に直面しながらもそれに対峙した結果、コロナ前の収益に迫る勢いを取り戻した新日本プロレス大張高己社長にロングインタビューを実施。

全3回の独占ロングインタビュー第2弾として、今回はIWGP女子王座&STRONG女子王座新設、2.21武藤敬司引退大会、3.7両国での「アントニオ猪木氏 お別れの会」について話を伺った。

①IWGP女子王座を新設して

−−新日本プロレスの歴史上、初めての女子ベルトを新設されました。

この王座は3年以上前かな…、スターダムを買収した直後から温めてきた構想だったんですよ。そもそもオリンピックの参加選手も男女半々です。例えば10年後には1つの興行で常時、男子の試合も女子の試合も組まれる時代が来るか、と言ったら多くの方がYESと答える気がします。じゃあなぜ買収した3年前にやらなかったかというと、IWGP王座は、ストロングスタイルの象徴なわけですよ。

多様な定義があっていいと思いますが、大前提として強い人達が闘ってないとストロングスタイルとは呼べない。スターダム=女子レスラー、というだけの理由で「強さ」と結びつかない人は多かったと思います。新日本プロレスのファンの方で、当時スターダムの選手の闘いを見たことがある人は、1割もいなかったはずですから。そこへIWGP女子王座というのは、あまりに時期尚早だったと思います。

−−なるほど。

そういう観点からすると、買収当時のスターダムはまだそういうイメージではありませんでした。でも今IWGP女子王座を作れたというのは、スターダムの選手たちが頑張ってきたからこそ。彼女たちはストロングスタイルという名の下にやってきているわけではないけど、スターダムらしい闘いの中で、強さというものを見せ、お客様を感動させて浸透させてきましたよね。それを受け、そろそろ新日本プロレスの選手、ファンの方々が大切にしてきた「IWGP」の冠を持ったタイトルが生まれても良い時期だろうと思ったわけです。

−−タイミングを待っていたんですね。

このベルトがなかったら、新日本プロレスが世の中のスタンダードに合わせるときに、単なる提供試合ばっかりなんですか?ってなりますよね。東京ドームでのスターダム提供試合から始めましたけど。それすら、いろんなところに説明に行って、とにかく多方面の関係者の偏見と闘いました。でも今や、IWGP女子王座があり、王者の変遷やタイトルマッチの記録が積み重ねられる。その方がお客様の感情移入もしやすいし、ストーリーも追いやすいですよね。

単発の提供試合の継続では決して出来ない、相応の格式とストーリーをビックマッチでお見せできる。それがなかったらずっとゲスト参戦ですよ。IWGPという冠と、今やそれにふさわしい選手が揃っているから、国内外で新日本のビックマッチのカードにも入る。そこまでのストーリーもファンの皆様が認識し、注目してくれる。これを3年前に勝手に押し切っていたら、誰も納得できないものになっていたでしょうね。

−−それでも、発表された当時は賛否両論でした。

即日SNSで統計を取りました。AIで賛否も集計しました。日本では女性ファンの方を中心に反対意見が多くで、海外からは9割以上が歓迎でした。私もこの仕事をしていなくて、スターダムを知らなかったら反対していたかもしれません。今まで自分が好きだった新日本プロレスとは違うし、「女性」と「強さ」が容易に連想できない年代だからです。更に、国内ではここ10年〜20年は男子のプロレスが圧倒的に優勢でしたので、一般的に女子の団体や女子レスラーの捉え方は公平とは言えない。

一方で、海外の方々に新日本プロレスが響くようになったのはここ数年で、あちらでは女子プロレス団体そのものが少なく、一つの大会に男性も女性も出るのが当然。メインイベントになることもある。この差は出ていると思います。あと、日本のファンの方々に、生まれて物心ついたときに見始めたプロレスはどの団体?と聞いたら新日本プロレスと答えて下さる方は多くて。新日本プロレスへの憧れを持ったまま、女子プロレスを始めた選手はものすごく多いんですよ。

−−そうですね。

そういう彼女たちが、声を大にして「私は新日本プロレスが好きで、憧れてこの世界に入った」と公言してくれて、その象徴であるIWGPを競って闘えるというのは今の選手たちにとってプラスになるだろうし、まだプロレスラーになっていない未来の選手にとってもモチベーションになりますよね。プロレス事業やプロレスに夢を抱く女性たちの裾野の拡大にも繋がりますよね。その中で、メルセデス・モネ選手、元WWEのサーシャ・バンクス選手ですが、IWGP女子を狙ってきたわけですから。想定外の大物にも響きましたね。

−−そして初代IWGP女子王座選手権が新日本プロレスの大会のメインイベントだったということは、画期的でしたよね。会場も好意的でした。数年前では考えられない、ファンの方も団体も女子に対する価値観というか評価が変わってきたんだなと感じました。

全然違いますよね。最初にリングへ上げるとき…、わたしが社長になる前ですよ。いろんなところに説明しに行きました。1.4東京ドームにスターダムのこういう選手とこういう選手あげますと。本当にいろんなところに…。だいたい反対されましたよ。侮辱的なことも言われました。具体的に言わないですけど。今や、同じ人が同じ口で、その時と全然違う高い評価をするわけですよ。だから、そら見たことかとね。

−−やってよかっただろと。

あがったからこそ(スターダムを)みんなに知ってもらえたということもあるんですけどね。でも良いものじゃないと、知ってもらったらマイナス評価ですからね。良いものだから知ってもらって爆発するわけですよ。だから何度も試合をこの目で見て、それを信じて、東京ドームを中心としたビッマグッチでスターダムの選手を起用するという方針でやってきているわけです。

わたしも娘が2人いるんですけど、娘の親になって分かることは、男女の違いだけで先入観や偏見を持ってほしくないということです。会社の採用や業績の評価でもそうですけど、実際本人を見てどうだったのか、そして成果はどうだったのかで判断してほしい。公平とはそういうことです。

有明の『Historic X-over』(ヒストリック クロスオーバー)で、メインイベントがKAIRI選手と岩谷麻優選手。事前にいろいろ言われましたけど、女子だからじゃなくてその試合を見て評価してほしいと。その評価の良し悪しなら、プロとしての実力です。男女のラベルがついているだけで、いいだ悪いだというのではなく、ちゃんと見てもらってどうだったのかを。それは男女は関係ないじゃないですか、そういうところまでなんとか持ってこれたということですよね。その象徴的なものでもあるかな、IWGP女子というものは。


②STRONG女子王座新設について

−−そして今度新たにSTRONG女子王座を新設されましが、こちらの意義というものはいかがですか?

STRONG無差別級王座はずいぶん前に作ったんですけど、あれを作ったときと同じ考えなんですよ。STRONGって定例マッチで、配信で、無観客で始めました。でもいわゆるスペシャルシングルマッチを連発しても序列が分からないわけです、途中から見る人もいますし。誰が一番強いのって。

日本とアメリカの選手の行き来はある程度はするんだけど、丸ごと選手を連れて行って日本を留守にすると、日本のお客様に対して申し訳ないですし、事業としてもかなり痛いんですよ。相乗効果というのは両方で回してこそだから。アメリカのSTRONGの中で誰が一番強いのかと、それを巡ってどんな争いが起きてるのかは、ベルトがあることでよりハッキリ分かるようになりました。

−−ベルトがあるからこそ、そこに対する物語がありますよね。

そうなんですよ。これまであまり女子選手をSTRONG(新日本プロレスのアメリカ法人が製作するプロレスウィークリー番組)には起用してこなかったけど、本当は、アメリカを中心としたグローバルスタンダードでは、男女どちらの試合もありますよね。メキシコでもあるんですけど、アメリカの大会で男子だけの大会というのはかなり珍しい。女子も入れていくのであれば、前述の通りで、STRONGの中での序列とストーリーの受け皿が必要になるわけです。

−−そうですね。

アメリカのいろんな団体に女子選手がいるんだけど、日本と違って…。ここからはビジネスの話ですけど、日本と違ってアメリカって、どんどん転職していくんですよね。転職の間にフリーランスになったりもして。それが業界の活性化にも繋がっている。日本のレスラーだったら、所属か、フリーランスか、スタンスが決まっているじゃないですか。アメリカってもうそれをバンバン超えてくるんですよ。その過程でSTRONG女子王座に興味が生まれたら、挑戦しに来れるじゃないですか。

その受け皿にもなりたい。IWGP女子もたまにSTRONGでやるかもしれませんが、新日本のSTRONGのベルトが常にアメリカにある状況になれば、そういう女子レスラーが現れたときにいつでも飛び込めますよね。アメリカの優秀な女子レスラーの挑戦する的になりたいという思いがあって。で、男子ですでにあったSTRONGというベルトと同様に作ったんですよ。

−−なるほど。

今度STRONG女子初代王者を決めるトーナメントを行います。そこにモネが興味を示して参戦が決まったんですけど。そこもモネを始め、ステファニー・バッケル、ウィロー・ナイチンゲール、スターダムから向後桃と、すごいメンバーが揃ってますからね。

※試合結果追記(5月21日 アメリカ・Walter Pyramid‐ 初代STRONG女子王座決定トーナメント決勝戦ではナイチンゲールがモネに勝利し、初代STRONG女子のベルトを手にした。)


③2.21武藤敬司引退大会について

−−そして、2月には武藤敬司選手の引退興行がありました。こちらは他団体の大会ではありましたが、新日本からもたくさんの選手が参戦されました。こちらは大張社長の目にはどのように映りましたか?

まず武藤選手ですが、武藤選手がいなかったら今の私はいないですね。というくらいの方なんですよね。

−−ものすごい思い入れがあるのですね。

そうですね、本人にもお伝えしたことあるんですけど。「またまたうまいこと言って!」って言われちゃいましたね。だから半分は純粋にファンとして、武藤さんの最後の試合を見てたところはあります。それは置いておいて、残り半分ですよね。新日本プロレスの社長として見ていた部分で言うと、まずメインの武藤選手と内藤選手。内藤選手も生粋の武藤ファンじゃないですか、初めて見に行った大会のメインが武藤選手ですよね。

最初の頃、ファンの中では内藤選手が武藤選手の真似をしているという話もあったくらいじゃないですか。憧れから武藤選手に似た部分があったのかもしれないけど、そこから独自色を打ち出していって、内藤哲也という唯一無二のスタイルが出来上がりましたよね。そして最終的に武藤敬司の最後の試合で対峙するというね。今までのストーリーが…、武藤選手側というより内藤選手側からしたストーリーが完結するという見方をしていましたね。

−−本人も昔の内藤少年に言ってあげたいとコメントしていました。

あれはね、本人しか分からない感覚があったと思いますよね。夢と現実、今と昔、そういうものを超えてきて、目の前で、自分の手で3カウントを取って終わって。まあその後に蝶野さんとの試合がありましたけど。そのストーリーの完結を世の中の人達に見せてくれましたよね。反対側からの目線は置いておきますけど、新日本側から見ると、内藤選手のストーリーとしてすごく心揺さぶられましたね。ただの闘いじゃないですよね、いろんな意味があって。

−−オカダ選手 対 清宮選手、ヒロム選手 対 AMAKUSA選手はいかがでしたか?

今まで清宮選手とオカダ選手はいろいろあったじゃないですか。これも完結したように…見えて、年齢や今後のキャリアを踏まえるとまた線になって繋がっていくんじゃないのかなと思えましたよね。また、ヒロム選手とAMAKUSA選手はメキシコ時代に繋がりがあったわけですよね。そこの点から今回の点で線になって。そしてこの時の試合は両試合ともチャンピオン同士でしたよね。そして、それぞれお互い知らない同士じゃなく、遺恨もあるというストーリーがあった中での超ビッグマッチでのチャンピオン同士の闘いでした。

−−ふたを開けると2戦とも新日本の勝利でした。

まあ、プロの世界ですから、これは結果は結果と思うしかないんでしょうね。少なくともオカダ選手、ヒロム選手は、世界のトップクラスの選手になっているわけなので、結果から言うと力の差があったということになるんだと思います。ただ、それぞれのプロレスキャリアはここで終わるわけじゃないので、いつかどこかでというのがありえるかもしれないし。

年齢からいうと、オカダ選手と清宮選手って10歳くらい違うんですよね。オカダ選手も若い頃は、先輩レスラーにズタボロにされたこともありましたよね。でも今や、とてつもないレベルの選手になっているわけなので、それを考えるとまた未来に繋がるんじゃないかなと思いましたね。

−−とても感慨深いですね。武藤選手の引退興行に華を添えたということもそうですが、むかしの大張少年に伝えたいですね。

どうしてもファン目線が…、スイッチ切り替えないといけないんですけどね(笑)。偉大なレスラーの引退興行に選手をたくさん派遣したというところではね、おこがましいですけど。大張少年に言っても信じてはくれないと思いますけど(笑)。でも事実として武藤さんには、武藤さんがいたからこういう道に進めましたというお礼だけは伝えました。


④3.7両国での「アントニオ猪木氏 お別れの会」を振り返って

−−その後、猪木さんのお別れ会がありました。

場所は両国、猪木さんが数々の伝説を残した場所でしたね。レスラーとしてみなさんが憧れて慕っていた猪木さん、あとは新日本プロレス50周年の創業者であり、初代社長である猪木さん。私は数えて10代目になりますが、稀代のレジェンドレスラーとしてみんなで送り出そうという面と、新日本プロレス創業者・初代社長として送り出そうという両面がありました。なので、わたしも発起人として手を挙げさせていただいて、両国で盛大に送り出そうと企画しました。

でも結局、発起人自ら、一番心を揺さぶられていたかもしれないですね。演出でスポットライトがリングに向かっていきましたけど、みんな猪木さんが見えたと思うんですよ。もともとアントニオ猪木をご存じの方で、会場で生で見た人って少ないんじゃないですかね。そういう意味では、存在しているかの確証もないというか、そもそも神がかった人でしたから。

−−そうですね。

だからみんな、あそこにいるって思えた。ただ心残りとしては、イギリスから帰ったあと猪木さんと直接会う予定だったんですよね。終身名誉会長就任のお礼とご挨拶で。それが叶わなかったのが…。でも最後、葬儀の時も行きましたけど、たくさんのファンの方にお別れの会という形でお越しいただけたのは…よかったのかな。

−−ファンの方も少し間をおいての献花式だったので、気持ちの整理もしつつ、ちゃんとお別れが出来たのではないかなと思いました。

プロレスのリングでね、1.4追悼大会をまずやって。そして両国で献花式をやるという、オープンな形で献花に訪れていただいて、本当に元から神のような存在ですよね。


インタビュアー:山口義徳(プロレスTODAY総監督)